令和7年10月22日〔水〕【第3204号〔本年第310号〕】
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とらさん・・・お元気だろうか?お元気にご活躍の様子。。。
以下の記事は、昨年初めのモノ? ごくごく一部、コピペさせていただいた。
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縄文古代から続く六〇進法暦年
今年(2024年)の干支は「きのえタツ/甲辰」。この干支は、シナが古代から伝える六〇進法の暦法です。十干と十二支の組み合わせで成立しています。けれども、漢字で「干支」と書いて「ヱト」と読むのは、日本人がシナ伝来前から暦年を六〇進法の「ヱト」として理解し、呼称していたからです。 ホツマツタヱには、日本古来の暦法が記述されているのですが、それが、六〇進法の「ホツマヱト」です。ホツマヱトでは、「東西中南北」を表す「キツヲサネ」即ち『五座/ゐくら』と「アミヤシナウ」という『六局/むわた』(「六局」という漢字表記は、筆者の造語です)、さらに「ヱト」即ち『陰陽』という三つの要素を掛け合わせて、六〇巡りする循環暦を成立させています。5×6×2=60の六〇進法です。「ゐくら」「むわた」「ゑと」の組み合わせでつくられているので、筆者は『五座六局陰陽暦/ヰクラムワタヱトコヨミ』と名づけていますが、ホツマ研究者の間では、「キアヱ暦」とか「天鈴暦/アスス暦」とか「ホツマヱト」と呼ばれています。
シナ干支とホツマヱトは巡りが一致する
次々ページに、ホツマヱトとシナ干支の一覧表をあげていますが、ホツマヱトの最初「キアヱ」が、シナ干支の「甲子」となり、順次、組み合わせで巡っていきます。一番目となる「キアヱ/甲子」は、始点ですので、重要な節目となります。ちなみに、全国高校野球の舞台となる「甲子園」は、【完成するまでの仮名称は「枝川運動場」であったが、完成予定の大正13年(1924年)が十干十二支の最初の組み合わせで縁起の良い甲子年(きのえねとし)だったこともあり、後に「甲子園大運動場(」と命名。<ウィキペディア>】と「縁起のよい節目」年である故に、命名されたことが知られています。
神武天皇が即位された年はシナ干支で58番目の「辛酉」年です。ホツマヱトでは、やはり58番目の「サナト」年となります。「辛酉年」は、【辛酉年は天命が改まる年とされ、王朝交代の革命の年で辛酉革命という。日本において、辛酉年に改元する理由は政治的変革の防止が目的であり、三善清行により901年の辛酉年に元号を「延喜」に改めたことから始まった。(略)明治時代になるまで続けられたが、中国では前例がない。<ウィキペディア>】とありますが、革命の国シナで前例がないのに、万世一系の本朝で「革命」の年と評するのは、笑止千万です。何のことはありません。
「サナト」年は、アマテルが即位した年であり、アマテルがオシホミミに禅譲した年でもあり、縁起のよい年だから、タケヒトが即位年としたのでしょう。
シナ干支の起源は、殷(商)の国の頃からとされていますが、ちょうどその末期がアマテルの時代なので、本朝より伝来された六〇進法暦をシナでも取り入れたものと思われます。故に、その巡りは、一致しています。
ホツマヱトで吉凶が判断出来うるか
四柱推命や、算命学、九星気学や奇門遁甲などの東洋占術は、すべてシナ干支の巡りを基本としてその巡りの善し悪しを吉凶判断に反映させています。
シナの占術では、吉凶判断をシナ流の「陰陽五行説」に基づいて解釈しています。「木火土金水」の「相生」と「相剋」との関係性を六〇干支の読み取りから導いているわけです。 しかしながら、陰陽思想は本朝が淵源であり、シナ流の五行説も「あいうえお/キツヲサネ」という我が国の「五大」哲学/「五座」思想を移植したものである可能性が高いことは、筆者が本誌で繰り返し論述してきたところです。
とすれば、ホツマヱトの巡りにおいても、「五座キツヲサネ」と「六局アミヤシナウ」さらに「陰陽ヱト」の組み合わせから、吉凶を判断することが可能なのかも知れません。
「五座」は、「空風火水土」の五大と「東西中南北」の方位で定まっています。「陰陽ヱト」も「陰陽」「兄弟」「上下」「日月」「天地」「海山」と読み取りが可能です。課題となるのは、ホツマヱトのもうひとつの要素である「六局アミヤシナウ」です。
「アミヤシナウ」についてはホツマ研究者が様々な解釈の説をこれまで出して来られていますが、決定打となるものが未だ定まらない状態といえます。
そこで、こと占術に焦点を当てて、このたび筆者は、「アミヤシナウ」の各要素について、ひとつの仮説を立ててみました(次ページ参照)。即ち、「アミヤシナウ」を「福・寿・克・禄・位・勝」と当てはめてみたのです。「ア/天福」「ミ/身体健全・寿」「ヤ/弥栄・克己」「シ/風恵・財運」「ナ/名誉」「ウ/大いなる・火力」というようなイメージです。
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以上、コピ・ペ、、2000字を超えたけれど・・・実は実は、ごくごく一部であって、以上の文に続く 「図」とか「動画」は・・・すみません、、割愛させていただきました。
【追記、2025/10/22 6:52】アメブロ事務局から「おめでとうございます!この記事で3200件投稿達成です!」と入電、まっ、機械的に入って来たであろうけれど・・・嬉しいです。。
【追記2、2025/10/22 8:10】本通信、太極拳愛好者が熱心に見てくれても、と期待しているものの、どうやら、案外、そうではない。確かに、ホントにごく一部、熱心な読者がいることはいる。。 「アクセス件数」、ここんトコロ、『ヲシテ文字・一音ごとの意味(ねずさん式まとめ)【資料】』が 多い。。小名木善行先生の「まとめ」ですねぇぇ。(小名木善行先生・・・いつもニコニコ 😊、その後お元気だろうか?) 私的には、ホントのトコロ、「何で?! 太極拳関係記事と 違うねん?」と歯ぎしりしている。
前にイツだったか?「渡来ドグマから脱却を」みたいな記事、書いた。文化の伝承、中国→朝鮮半島を経て → 我が国、とは ちゃう! と 書いた。我が日本が世界の文化の発祥の地です。 日本人で「太極拳が好き」は、DNA かも。。
そもそも、朝鮮半島には、アカホヤ大噴火(7300年ほど昔・・・)が起きる前には、人は住んでいなかった、とか?!?! 先週かなぁぁぁ?考古学関連のユーチューブ動画を視てたら、シベリアの方の、スンギール遺跡、とか、コスチョン遺跡が縄文遺跡に酷似している、とか(うろ覚えのまま書いているが)、また、我が国の、後旧石器時代の遺跡が、17000ほどあるのと比して、ヨーロッパ等では、まったく、二桁少ない遺跡の数、という話を聴いて、要するに、人類は、極東の日本にやって来て、また、世界に散らばっていった、というのは 本当だろう! と改めて思った次第。学校の 歴史の先生も、国語の先生も・・・勉強、足らん!!













