「前弓後坐」があやしい人は、わんさかいる。

令和8年5月27日〔水〕【第3405号〔本年第130号〕】

  昨日、午前、北深井道場で、ケイコさん&北R会君の推手で、北R会君の「前弓後坐」があやしいのがついつい気になった。その後、ケイコさんが北R会君の両手を持って、彼に、前弓後坐させるのだけれど、特に後坐時には、彼、腰、ガッチガチ・・・ちっとも「まん中からまん中」とはなっていない。要するに、倒れかけ独楽状態。

 

 

  私的には、1983年秋に上海の襄陽公園で、姚女史から、この「前弓後坐」を教わった。自分は、34歳だったけれど、姚女史は、当時、50歳くらいだったのかなぁぁぁ? ずっと後にはサンフランシスコに移住なさったけれど。。。

 

  アカン!アカン! 脱線、、戻る。

 

  ちょうど一週間前、東灘住吉の会議室前廊下でも、昨日視た、のと同等の光景を見た。ーーーーーー 遠来のAさん、弓歩自体があやしい・・・H女史が一生懸命に矯正していた。Aさんは、イワッちゃんと「四正」をやってても、やはり、「後坐」で難儀していた。

 

   弓歩自体の点検・矯正には、「推樁(トイチュアン、すいとう)」が要る。

 

  なので、一人練習で、套路を頑張ってやっていても、 立ち方とか歩き方がそもそも偏っている、というコトに気づかないままの人は、しかたないけれど、たくさんいる。昨日の北R会も、お尻ふりふりだったし。。。コトバでの説明は要らない。横っちょから、チョコン、と触るだけで済む。しかししかし、たぶん、それほどこの「推樁(トイチュアン、すいとう)」は行われていないのでは? 私的には、「身中垂直線」はしょっちゅう口にしているが。。

 

  43年前に、姚女史は、「慣れないと、不安定に感じるけれど、ソレを克服しないといけない」と、そのようにおっしゃったように記憶している。直近のコトは忘れても、昔のコトはよく覚えている・・・年老いた証拠!!

 

  さてさて、

 

  道場の「道場主席」後ろに、プリント↓が あった。太極拳対煉の套路表。

 

 

 

  十年前、もしかして、もう一・二年前? に 私が作ったのは確か(交野・星のドーム用・・・)だが(私も、十年前は今よりマメだったかも・・・)、昨日、道場ラインに「ルビ、振ったの誰?」と照会したのに、、「私です」の返事が無い。 

 

 

  丹念にフリガナを入れたの ホンマ、誰? シンちゃんか?と聞いたら、シンちゃん、「僕、ちゃう!」と 言ってるし。

 

  まぁ、でも、6/14  目指して、今、頑張ってるトコロや ねぇぇぇ!

 

  6/14の前に、6/7京都、島津アリーナがある。