平成31年3月24日〔日〕【第785号〔本年第46号〕】
原著『太極拳譜』〔人民体育出版社〕の第123頁、「對待用功法守中土」(七言十句)俗名--站橦--以下。。。
「橦」は、「樁」(トウ)でしょうねぇ。 →【追記】参照
「七言」=「7文字」は、「4文字、3文字」に区切ればわかりやすい。
第一句、第2句・・・定之方中足有根、先明四正進退身。 は、 乱暴に訳せば、
定(さだむ)は、コレ、方中・・・「方」とは、ココでは正しいやり方、と解せます。 →【追記】参照
その「方」の中、とは、つまり「中定」を言っているのであり、そして、「足に根あり」
それから
先に「四正」についてしっかり把握してください(あかるくなってください)よ。そして、身の進退を・・・と続いているが・・・
なので、
『基礎編太極拳譜の理論 王宗岳~』の第122頁、124頁、125頁に 「足の中に根」の語が登場しているけれど・・・チャウ!! ちゃいます。「功断」に係るコメントもさっき見たけどぉ・・・繰り返すけど、「七言」(7文字)=「4文字+3文字」に従って解釈するほかないからね。
第125頁、書き下し文・・・方の定は足の中に根が有り、先に四正・身の進退を明かす」の「足」のあとの「の中」は・・・削除してください。
あと、 ポン の字か、この項、なぜか全部、「棚」の字になっている。
木へん」 → 「手へん」 に 要訂正。。。
【追記、2019/3/25 15:00】 今朝、万代池公園で、八時過ぎに、フッと 思った。いくつか思った。お師匠はんからいただいた煎茶をすすりながら。。。
一つは、そもそもコノ「俗名」、ひょっとしたら・・・のちの人が勝手につけ加えたかも、という思いがあるのと、ソレからコレは、家に帰って来てから原著『太極拳譜』〔人民体育出版社〕の第124頁の「校記」を見て・・・
【「站橦」が、「站樁」の異称だったかも】、という『注』を見てぇ・・・ホー、そうだったの?と改めて思った次第。
それから、「方」について、上に「正しいやり方」と書いたけど・・・ソコまで言い切っていいのかな?と躊躇する部分がある、というコト。いや、コレは、上の項、最初に綴った時にもあったかも知れない。ともかく、「方圓」という中国語で・・・コレ、訳せば「まわり」とという意味ですが・・・だからもう少し柔らかいニュアンスを含んているかも、とコレも改めて思う次第である。
まぁ、とにもかくにも「中定」の大切さを謳っているのは間違いないけれど・・・今、まだ、第一句と第二句についてしか触れていない。。。ついでに愚痴るけど、いわゆる「推手基礎套路」〔三段受験用・・・〕で、「ハイ!チュウテイ!」とやってるの・・・えぇ加減でやめて欲しいなあ。。。一々止まって、「ハイ!チュウテイ!」 聞いただけでも充分こっけい。もし、そんな講習をやっている現場を見たら・・・卒倒するかも知れない。。。
【追記2 2019/3/25 16:15】
三段受験生の上の先生だって、本気で太極拳のお勉強をしている先生がどんだけいるか?! 原著『太極拳譜』〔人民体育出版社〕を持っている「連盟本部研修生」がはたして何人いるコトやら。。。私が、ココでバカみたいに展開している話もほとんどの先生、知らんやろうなぁぁぁ、いやいや、知らなくていいけどねぇ。 ええっ とぉ、「對待用功法守中土」(七言十句)の第3句、第4句・・・
『基礎編太極拳譜の理論 王宗岳~』の第125頁の中ほど「読みくだし文」内
棚捋擠按から四手、須らく功夫を費やし真得るべし となっているけれど・・・コレを
扌朋 捋擠按四手から 、 須らく功夫を費やしその真を得るべし と 変えたら如何??
原文 の第3句、第4句 扌朋 捋擠按自四手 須費功夫得其真 である。
「自」をどう訳すか?というコトがある。一応単に「から」とやってよいと思うけど(だから、「から」の位置を移動すべき)・・・ただ、この「自」には、「本来」の意味もあるので、「もともと」とか、或いは「ただただ」と 訳すコトもできますねぇ。 翻訳、だから 好きじゃない。
第5句 身形腰頂皆可以 の「可以」が却ってベタなコトバだけに翻訳上、ちょい難儀。。。
単に「よろしい」と言っていいのか?コレでは、ちょい「物足りない感」があるので、「しっかり」と言っていいのかも知れない。
第6句からは、字面どおりでいいんじゃない、とついつい思うけど。。。勿論、コレ、太極拳をやっていない人にとっては、チンプンカンプン・・・漢文ですねぇ。漢詩です。
連盟本部研修生で、この『太極拳譜』にドップリはまり込んでいる人、一人くらいいないのかなあ・・・地元じゃ大先生だろうに!!・・・東京に出たときゃ「研修生」= 都合いいねぇぇぇぇ!!
もっと、ちゃんと 太極拳のコト 勉強しいや!!