平成30年5月7日〔月〕【第618号〔本年第57号〕】
昨夜来の雨が続いている。もし、晴れていたら、万代池公園に行く準備の時間帯だ。残念!
5時、たーさんから「・・・雨ですねぇ、万代池公園へは、行きません。昨日は、如何でしたか?・・・」とメールが来たので、とりいそぎ、「南大阪、すばらしい20周年でした」、と返信したが、 まっ、以下、続き。。。
昨日は、第20回楽市楽座交流発表会が、貝塚・コスモスシアターで開催された。このコスモスシアターに行ったのは五年振りだったけど・・・ソレに気づいたのは、慰労会会場でのコトだった。自身、とてもにぶいなぁぁぁ。
多分、延べ、六百人をちょい超える人たちが舞台に上がっていたのではないだろうか・・・おかげさまで、私もそのうちの一人、だった。前回、コスモスシアターに行った時は、招待者席でおとなしくしていた、と思う。昨日は、違った。
常以法音会による「雅楽と声明の調べ」はすばらしかったですねぇ、出演の皆さん、和尚さんの人脈でわざわざ遠方から来てくださっていたようだったけど・・・何か、引き込まれるような演奏だった。
各チームの表演種目名に、「推手」が入っていなくても、「推手」を織り込んでおられるチーム・ひと がおられたけれど・・・コレはやはりうれしい出来事だ。この傾向は、いい。今後、推手がもっともっとはやればいい。
自分たちの演技を終えて・・・クアン先生に「間違えた」と言われて、「えっ!、ドコだった?」とついつい聞いてしまったけれど・・・要するに、私の頭の中には、いまだ、套路が充分浸み込んていないのだ。1年前には、万代池公園の人に「間違えたん?」と、人を介してのコトだったけど・・・聞かれて、あの時も、さっぱりわからなかったけれど・・・でも、昨年は、あの人、推手をまったくやっていないのに、何を以てそんな聞き方をしたのか、そのコトの方が不思議だったが・・・昨日は、当の本人が「△△で間違えました、すみません」と、謝るから、確かにそう言われてみると、「ああ、そうだった、そうだった、でも、ちゃんと繋がっていたから、ええやん、見てる人、誰もそんなんわかりませんわ」とクアン先生の話を流した。クアン先生がいなければ、私、一人じゃどうにもならない、現状にあるのに、このテキトーさはアカン、と思うけどなぁぁぁ。出演直前、リハーサル室では、私が間違えて、別なモノになりかけていたし。。。
【タイトル】は、18:30から行われた懇親会場でのコトだ。宴の後半で、南大阪の会長が四半世紀以上前の写真やら動画を見せてくれた。よく、アレだけきちんと整理されたモノだなあ、と感心した。50人~60人の懇親会参加者は、皆さんそう思ったのではないだろうか? 30数年前の写真、特に動画を観ると、頭の中、タイムスリップ !!・・・感動した、ホント、見入ってしまった。
【追記、2018/5/7 9:10】 万代池公園に行っていたならば、池の周回を終えたぐらいの時間だ。
陳炎林の原作と沙国政先生の改編では、かなり雰囲気が違う。沙国政先生、何福生先生の、1980年、日本武道館での演武は、ユーチューブ動画を過去何度も観ている。もちろん、ナマも、ライブも観たけれど。自身、若かったですねぇ、フットワーク軽かったし。1980年か、38年前。。。
陳炎林原作は、文と挿絵だけ。ソレでも違いに気づく。おそらく、原作はかなりコンパクトな動きで、無駄な動きを排除しているハズ。「見せる」というコトを考慮していない。 その点、沙国政先生たちは、見せていますものね。 メインの動作の前後の都合12個の動作の存在は勿論だけれど・・・「換歩」ですね。 改編では、増えている。我々の昨日の演技では、その改編よりもっと多かったのかも知れない。やはり、相手がいて、「流れ」があるから・・・ともかくドローンとしたモノにはしたくなかったから。
昨日、動作の後半で、勝手に「緩急」が出たけれど、コレも二人の呼吸が合ってたまたまそうなったのだろう、しかたがない。ただ、観客の声の一つは、「後半、よかった」ですから、実にありがたい。太極拳散推手、ただただたら~んと動いて、或いは、いちいち大げさにのけぞったりして、その上、ぶつかったり、離れたり・・・では、観る気も起きない。もしも、観てくださっていて、多少の迫力とかキレとかを感じてもらえたならば、幸い。観ていただいたコトに感謝、感謝。
昨日の二時間ほどの懇親会、ホントに楽しかった。右隣席は、岸和田の八郎さん。彼がいなければ、四十年間お世話になり続けている、あの、ウィンズ、使えていないだろうし・・・だから、今の大阪の太極拳の発展もなかったに違いない。こういう「歴史」を知っている人も減ってきた。
南大阪・会長えらいなあ。きちんと記録してぇ。 南大阪太極拳団体協議会の益々のご発展を!!