今朝、気功院をやってるミチコママから、「先日は、申し訳ありませんでした」と、メールが入っていた。何のコトかと思ったら、日曜日、曽爾からの帰り、梅田の梅三小路の居酒屋「新浪速」でご一緒し、帰り道も彼女と同じ方向だった。JRに乗って、一旦、席を譲ってくれたのが、マレーシアから土曜日に大阪に入り、月曜日以降は、京都と奈良、そして、東京へと旅行予定の、27歳同士のカップル〔彼らは新婚さん、かと思ったら、二歳半の女の子を母親に預けて出てきたとか・・・〕との会話、「福島」辺りから「新今宮」までだったけれども、・・・そのおしゃべりの通訳を私に押し付けて、ゴメンナサイ、と言ってくれてるんだけど、コッチは、「通訳」やってます、といった意識も全然なかったモノだから、メール自体、意外だった。むしろ、メールのタイトル、空白だったので、開けるの、一瞬躊躇したので、読んで、「ナンだ、そうだったのか」という感じ。コレは、有田秀穂先生の講演会受講した時とほぼ同等。  何ていうのか、やっぱり【安心】ですね。

   

  そういえば、この一ヶ月の間に3回外国の旅行者と接する機会があった。前回は、大仙公園を抜けて、道場に行ってる途中〔日本庭園横〕で韓国からの老夫婦に呼び止められた。用件は、ヒトエシロヒガンシダレ桜の下での記念写真、「シャッターを押して」、と頼まれて、まぁ、ジェスチャーで応じて、任務完遂。話、途中で逸れるけど、今日、道場からの帰り、久しぶりで日本庭園に立ち寄った。「里桜」て、一昨日、曽爾で見た「山桜」と比べると、何だか、ポッチャリ美人が着飾ってる、という感じやったなぁ。 話、戻します。前々回は、JR芦屋駅で、東南アジア系のグループから「Ecuse me ?」と声を掛けられた。東海道線に乗るべきところ、「東西線」にあやうく乗るところだったので、彼らにえらく感謝された。まぁ、あの時もジェスチャーで間に合わせた。「尼崎」で乗り換えるコトも可能だが、説明、面倒だし、「このホーム」とジェスチャーで示した。17日、日曜日は、四人掛けのボックス席になったし、きれいな普通話をしゃべってくれたので、・・・いや、まぁ、北京や上海では、必ず、といっていいくらい、道を聞かれたり尋ねられたりする。去年の夏、北京で、帰国の日に、三回、「トイレはドコだ?」とか「このカート、君が使っているのか?」等々尋ねられた。。。


  今日は、オヤジの命日。没後33年。仏事だと、昨年33回忌、というトコロだが・・・昨年、母の没後25年に合わせて、「30年祭」をしたコトは、昨年三月に書いた。まぁ、オヤジは、いつも「付録」扱いですねぇ。    オヤジも、日記、マメでした。  大学ノート、まったく行を空けずに、ビッシリ。亡くなる前々日には「子を持たんモノに親の気持ちはワカラン」と書いてあった。コッチは、34歳、独身やったし・・・


  オヤジには、水泳と自転車乗りを教わった。「水泳」教授は、おフクロの命令。そもそも、おフクロの言い方が乱暴。小学校就学前には、「川に近づくな!!エンコウにさらわれる」と言い、小学校に入ると同時に「よう泳がなかったら、ロープ付けて、橋の上から放り込む」と言うんだから。。。「エンコウ」、私の頭の中には、頭が大きな大きなサルで、胴体は、ほとんどタコ、というイメージの怪物が住んでいた。。。


 自転車の方は、いわゆる「三角乗り」ですねぇ。こんな乗り方、今は見かけるコトないけど、考えてみれば、結構器用な乗り方ですよねぇ。ウチの子たちは、大仙公園の南の端っこの「自転車教習所」で教わりました。 オヤジは、バイオリンも唄もうまかったらしい。何せ、私と妹が生まれるはるか以前、韓国で百姓をしていた時のコトで、親戚や、おフクロの、お裁縫の生徒さんから聞かされたコトだから。。。


 最後まで読んでいただいたのに・・・太極拳のコト、でませんでした。すみません。