今朝は、万代池公園へ、三週間振りでたーさんと一緒に行けた。まぁ、傍目には、月曜日の早朝、なんでわざわざ堺から帝塚山まで・・・と思われるかも知れないが〔勿論、たーさんもそういう具合に周辺から見られているかも知れませんが、・・・〕、今朝は、やはり、「ホッ!!」 としている。
昨日、一昨日と、太極拳三段検定審査に参加して、ソレが無事終わったからだ。試験前日の講習会はまだよい。気楽にできるところがある。しゃべって、動いて、そして、「明日の、試験のための気力も余力を残しといてね」と言いつつ、太極拳の不思議の世界に引きずり込んで、煙に巻いたり、「明日の試験に間に合わない!」と言わしめたり・・・
土曜日、ウチの班に四条畷の特別でかくて丈夫な男性が居たが、彼もまた、腕力が通用しない太極拳にすっかりとりつかれたコトと思う。
土曜日の朝、センターへの出発前に、塚本の柏里の公園に霧雨の中行ってみた。ちょっと変わった公園だった。公園の東北の隅に神社の倉庫が建っていた。〔どうも、話の展開、バラバラですね。〕それほど大きくない公園の北側に藤棚があり、そこそこりっぱな藤ではあったが、今朝、万代池公園に着いて、最初に気にしたのは、実は、その藤の規模だった。万代池公園には、四本、もしかしたら五本が立っていて、とりわけ東の端っこのヤツがでかい。ソコへいくと、柏里の藤は、二本でまあまあ普通。でもよく繁っていたし、なによりも、柱が赤いレンガ作り、という点で、万代池のごく普通の白っぽい柱より断然良い。万代池公園の藤棚、あの規模は、滅多にないかも知れない、・・・と言いつつ、他、知りません。
今朝、万代池公園に、西成のSのさんが久々に登場。〔彼が、本通信に過去、登場したことがあるのか、調べてみないとさっぱり分からない。いや、ホントは、調べようともしていないので、この際、横着をご勘弁願う。ともかく、彼は、元体育教師Hさんによって、万代池公園に引っ張り込まれたのだ。勝手に飛び込んできただけかも知れない・・・〕Sのさん、確か、「敬老の日」の頃、お父様がご危篤状態、て言っておられたが、結局お亡くなりになって、その後いろいろ忙しかったようだ。40歳代現役サラリーマンだし、時間の調整もなかなか大変なんだろう。 ともかく、彼は格闘技大好き人間で、「総合格闘技」もやっている、ということだ。「首相撲」とかも仕掛けてくるが、失礼ながら、どうということもない。こういう元気な若手〔太極拳の世界では充分に若手〕とやれるのは嬉しい。多少手荒なコトをしても応えてくれるし、受身も取れるだろう、という安心感がある。
ホントは、「定歩」でじっくり、しっかりやろう、と思ったけど、彼が逃げるように「活歩」になってしまうので合わせた。そして、「大纏腕(タァチャンワ~ン)」を使い、「牽動」を使った。、「大纏腕(タァチャンワ~ン)」は、コチラの左肩・胸に伸びてきた相手の右腕に対し、コチラの、背中を拡げて、右腕を小指側まで、柔らかく絡ませて、そして、手繰って、左手で相手の背中を押す。コレを瞬時のウチにやる。相手の足元を浮かせて、・・とほんの少し気をつければ、相手は吹っ飛んでいく。「雲手」といってもよいし、「ロウ膝アオ歩」と言ってもよい。 Sのさん、「面白い」とか「楽しい」とか言ってたけど、彼のような若手には、安心して使える技だ。大纏腕のコトって、半年以上前にも書きましたよね。今書いてるのと、内容少し違うかも・・・
「牽動」、コレは、2000年1月に44歳で急逝した、上海のインさんから教わったコトだ。「牽動」の語が「打手歌」にあるのは、太極拳愛好者ならば、知っているハズ・・・いや、コレは、私の勝手な思い込み・期待にすぎないのかも知れない。
いまや前世紀になってしまったけれど、インさんが言ったのは、要するに「エサ」であった。太極推手では、「エサを撒く」というのか、インさんが言ったのは、やったのは、「押すフリをして、一旦止めて、次にほんとに押す」コレを一拍子でやるのだ。或いは、一瞬押して次に引く。ともかく、どっちにしても、最初の一は、ニセ情報で、次の二、乃至三が本物、といコト。ごくごく小さくしかければ、相手は必ず反応してくるので、ソレを利用する、という狡賢いワザだ。つまり、「エサ」は、全くの俗語だけれど、「小さな力で大きな力を引き出す【牽動】」とは、所詮そういうコトなのだ。もし、対人でうまくやれなくても、・・・止まっているボールも、指先をちょっと押し込んで止める、と、コレをほんの数回くり返せばボールは弾むでしょう。いや、いま、思いつきで書いてるけど・・・ 「牽動」、コレを相撲の技に例えるならば、「呼び戻し」〔「仏壇返し」〕に当る。いや、まぁ、当るのは、①相手の左肩を右手で押すフリ、②相手がギクッと反応、③本当に押す。この①②③を一秒の間にするのだ。ついでに左手で相手の右腕をたぐれば、ソレは、扌列〔レツ〕の勁(ケイ)だ。
初代若乃花の「呼び戻し」、ユーチューブで、ちょろっと見てみたけど、確かに大技。でも、太極拳での「牽動」は、極限まで小さくやればよい。相手の反応を大いに利用しなければならないから。押すフリ、そして、押されまい、とするソノ反応を利用するのだ。相手が、押されまい、と構えて、なおかつ、足裏が薄ければ、相手は吹っ飛びます。でも、でも、なるべく手荒な推手はしない方がよい。そう、思います。M本さん、「足裏が感じられない」と、今朝言うてたけど、ソレはない。感じる程度は一足飛びにはいかないから、焦るコトはない。太極拳と太極推手を全くの別物、という認識も変えて欲しいなぁ。そこへんのコト、1月にも書いていたかなぁ。舒展(シューチャ~ン)て、気持ちよく伸びやかに拡げる、て。太極拳と太極推手は、車の両輪のようなモノです。
早世したインさんには、特殊能力があった。対面しただけで、相手の方が持っている病気が全部わかったのだ。そして、1995年だったろうか、小山ちれさんがアトランタに向う前年、小山ちれさんの治療をした。鍼灸用の針を使いつつ、しかし、直接身体に触れないようにして、あとは、祈りのポーズで。五郎丸さんのポーズとは違って、ほとんど奈良の大仏さんのように。インさんは、当時、チベット密教の先生についたコトがある、と言ってた。ともかく、ちゃ~ん、と小山さんが感応していたコトを昨日のように鮮明に覚えている。アレは、ホント不思議な光景だった。凡人には、天才がわからない、とそんな感じのひと時だった。