今日(2015.4.4)は、いったいどうしたことだろう。金岡公園体育館、南大阪の団体が招聘した上海のコーチを迎えての講習会だが、参加者がまったくもって少なかった。受講生、午前がわずか九人の参加で、しかし、午後には増えるだろうと期待したが、たったの十五人だった。

  上海のコーチたちにも、また、招聘団体にも申し訳ない少なさだった。三年前の4月15日は、参加者がとんでもなく多すぎて、やむなく中庭を使ったほどだったので、今回こんなにも参加者が少なかったその原因、というのがよくわからない。今日は、花見に最適、というのもあったのだろうか?

 参加費は、前回〔三年前〕が日曜日の午後の3時間半ほどで、二千円。今回半日〔二時間〕で1500円。   だから、参加費があがった云々が要因ではない。   やはり、会長ご自身、朝のご挨拶で言っておられたように、「宣伝が足りなかった」ということなのだろうか? 家に戻ってから、カミさんに「参加者が少なかった」と話すと、「宣伝したか?」と問われた。会長からの、「通訳やって」の旨のメール依頼に、朝カル、年度初め一回目抜けるのはマズイ、と思いつつ、承諾したが・・・、確かにソレ〔宣伝〕は全然していなかった。  今日もソ先生についたので、日頃楊式太極拳をやっている方々に早くに宣伝をしておけば、外部からの参加者が増えていたかも知れない。今日は、ソトからの参加者はゼロだった。せっかくの講習会だったのに。。。

 ソ先生は、受講生への説明を一生懸命にしながら、個別に私にチョロチョロ印象もしゃべった。何せ、三十年前から全然変わらないのは、普通話をしゃべっている、と思ったら、調子が出てくると、必ず上海語が飛び出てくる。〔その理由は、ご本人の弁によると、「私は、舌が短い(我舌頭短)」だ。〕    加えて片言の日本語も、例えば「イッショ(一緒)!」とかをチョロチョロ混ぜる。今日も、私の方から、「サンヘウ?」と突っ込みを入れたら、その瞬間「オー!!」と驚くとともに、大笑いして、その時は普通話でしゃべりなおしてくれた。 コレが何度もあった。本当によく動くし、、大いにしゃべってくれた。

  実をいうと、ソ先生の上海語は少し分かる。「ツイ ヨー」と言えば、「転腰」のこと。「ミコ」と言えば「顔」のこと。「セツ」と言えば「三回」のこと。・・・  彼女は、「1、2、3」は、「イチ、 ニ、サン 」と日本語で言える。でも、「ヨン」とか「ゴ」は言わない、いえない。今日、「肩」をどういうのかと聞かれたので「カタ」と、答えると、コレはすぐ言えたけど、〔途中「カタユルメテ」、と使っていたけど、・・・皆さんに通じたことと思う。〕   だが、 「肘」は、どうしても「シジ」となってしまっていた。  まあ、しかし、普通話に上海語と日本語を混ぜて、しかも早口で元気良くしゃべる。  ともかく、とてもお元気だ。七十代半ば、とはとても思えない若さだ。

 ソ先生の受講生に対する印象は、①まじめすぎるし、②太極拳をやっている、という嬉しさが出ていない。③腰で手を導く〔腰帯着手〕ということも出来ていないので、浮き上がった硬い太極拳になっている。そして、ついつい④頭も縮こまってしまって〔矮下去〕、⑤手・指の拡がりも不十分〔形於手指ができていない〕、⑥弓歩の後ろの膝も伸びていない・・・というものだった。  「腰帯着手」「後蹬!!」「放出去!」「看遠」「左顧右眄」「小圏」「大円」「弾性」等々の語が何度も登場した。皆さんには通訳しつつ、自身の汚いメモ〔ノート〕も見せた。 やはり、字面からも理解してもらえるかも知れない、と思って。。。