20代の頃、マンダリン(北京語)を習得したら次に広東語を勉強しようと思っていました。ホントは上海留学から帰って来たらすぐもう広東語の勉強を始めようと思っていたのですが、それぐらいではマンダリンを習得したとは言えるほど上手にならなくて一応日本でNHKのラジオ広東語講座は聴きましたが、本格的に勉強することはありませんでした。
そうこうしているうちに上海に仕事で駐在することになり、広東語は勉強することなく上海にて香港返還を迎えてしまいました。その後は、香港エンタメも面白くなくなるだろうし、また広東語を勉強しても広東語話者は少なくなると思い本格的に勉強することをやめてしまいました。ちなみに上海語は必要に駆られて上海で習いに行きました。
かように言語と言うのは学習するときに、どれだけのスピーカーが居るか、どれだけ話す機会があるかというのを考えて、やるかやらないかを決めることになるかと思います。
で、そういう判断というのは往々にして間違えてしまうものです。
私は世紀末の頃に、今後広東語の未来はない、スピーカーは年々減少すると判断したのですが、それから20年後にマレーシアのゲンティンというところで、サリーイップとその配偶者のジョージラムに楽屋で直に会ったときのことですが、ファンのミーティングで華僑のファンたちの共通言語が広東語だったことに衝撃を受けました。
広東語ネイティブな海外華僑ってけっこう居るんですよね。香港と広東省の一部だけに広東語スピーカーが居るわけではなかったのです。
ということで、私はその時判断を間違ったと思ったワケですが、その後また別のことで、マイナー言語の学習についての見解が変わる出来事がありました。
FBFになっているヒトですが、病気になり余命があと僅かと宣告をされてから、ラテン語を始められたのです。残りの人生を出来るだけ意味のないことをしようと思って、使うことのないラテン語の勉強を開始したとのこと。そしたらそれが楽しくて楽しくてたまらない、という言葉でそのヒトのFaceBookは止まっています。
そう、実用性だけを考えて言語の学習をしなくてもイイのではないかと今は思っています。
ちなみに新しい職場には外大でウルドゥー語を専攻した、というヒトが居ます。もちろん?外大で中国語専攻だったヒトも居て、そのヒトとはメチャクチャ話が合います。同時期に中国語の勉強して、同じような音楽聴いて同じような映画観てますから。

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