「毎年8月になると、各地の新聞で、太平洋戦争関係の生存者の証言とか史料とかの特集が多くなるよね」
「昭和で終わるどころか、平成もずっとそんな記事が続いとったね」
「仕方ないよね。実際に見聞した人の話だから貴重なんだし…」
「はい、そこでストップ。フェイトちゃん、実際に見聞した人の耳目が事実をきちんと捉えた保証はあるのかな?」
「どういうこと?実際に見聞きしているんだから間違いないはずじゃ…」
「例えば、敵艦隊への航空攻撃に従事した飛行兵が、その場で戦果を間違いなく正確に確認することはできる?」
「現場にいるんだから当たり前にできるんじゃ…」
「…台湾沖航空戦…」

「?……あっ!?」
「台湾沖航空戦の戦果確認と報告は、現場にいた人物が実際に見聞したものだよね?だけどその内容は誇大なものだった…だからと言って彼らが嘘をついて誇大宣伝しようとしたわけじゃないよね?」
「せやなぁ。なんぼ現場におったいうても、全てを知悉して把握できるかいうたら、さすがにしんどいやんなぁ…あっ!そういうことか」
「結局、証言も限定的なものだということ?」
「うん。その人の置かれた立場や知り得た情報による制限があるからね。でもそういった制限があるから意味があると思うの」
「後から全体を俯瞰して補完したんやなくて、あくまでも当時の位置状況で知り得たこと、見聞きしたこと、考えたことこそ、そのときのその人にとってのリアルやいうことやね」
「そんなとこかな。そういうわけで「証言」については慎重に接しようとしてきたつもりなんだけど…」
「?なんかやっちゃったの?」
「うん。作者、やっちゃったんだよねぇ…まずこの記事を見て」
373news.com(2020/09/10 17:00) 平壌飛行場で整備兵に。玉音放送の日は残暑が厳しかった。日没前に大爆発音。敗戦の悲報を嘆き、爆撃機に搭乗した若い兵士数人が急降下、滑走路で自爆した〈証言 語り継ぐ戦争〉
(前略)
熊本県菊池市の第九航空教育部隊に配属され1年半後、北朝鮮へ向かった。数百人の仲間とともに第二十三錬成隊員として、大同江河畔の平壌飛行場に到着した。飛行兵の基礎訓練が主な任務で、私は整備兵となった。
(中略)
開戦から終戦まで従軍した5年間、銃後の任務で終わった。残暑が厳しい松林の中で玉音放送を聞いた。電波の状態が悪く、よく聞き取れなかったが、漠然と敗戦を認識し悲壮感と虚脱感に襲われた。
その日の日没前、飛行場で大きな爆発音がして粉じんが激しく上がり、隊員たちは騒然となった。敗戦の悲報を嘆いた若い兵士数人が爆撃機に搭乗し、上空千メートルから急降下して滑走路で自爆したのだった。彼らにも報国の切実な思いがあったのだろう。人を不幸にする戦争の愚かさ、むなしさに身をつまされた。
「作者はこれを見て、『秘録大東亜戦史 朝鮮編』の森田芳夫「解放の嵐の中に――朝鮮引揚史 その二――」の次の文章を想起したの」
血気にはやる青年将校に痛憤のあまり自決するものあり、平壌では第五空軍の第十六戦隊長以下将校六名、六七式重爆機にのり、思いきりとんだ後、平壌飛行場内に自爆し、京城でも少年航空兵特攻隊員が愛機とともに自爆した。
「あー、その証言とこの記述が一致すると思たんやね」
「うん。でもそれが早計だったんだよ。さっそくツッコミが2つ来た。最初はポラリスさんから「自爆という内心をどうやって知ったの?」と」
「! 確かに、この証言と森田記述からは分からないよね…その青年将校たちが自爆の意志を発言したり言い残したりしたとは書かれていないし」
「「噂では」や「後でそう語る者があった」かもしれない、ひょっとすると、後に本で読み私は○○と解釈した、かも知れない、と更に突っ込まれたの」
「なるほどなぁ。後で森田の本を読んで、「当時は気づかなかったし知らなかったけど、あの件はそういうことだったのか!」と補正したかもしれへん…あれ?もしそうやったら、当時の状況による制限が解除されてしもうとるやんか!」
「そこなんだよね。後からの修正や上書きで、「証言」に改竄が入ることになってしまう…警察モノのドラマで、証言者が自分の証言のあやふやなところを、警察側からの説明で上書きしてしまい、それがミスリードにつながるって、わりとあるよね」」
「『相棒』あたりにありそうだね。ウィキペディアみたいに、更新、修正の後が逐一記録されてたらいいんだけどね」
「そういうわけで、「類似記述があるから事実・証言であると考えるのは危ないですよ、と」ときっちり釘を刺されたの。確かにその通りだし、恥じ入るしかないんだよね」
「発言者が虚偽を言う場合もあるし、そうでなくても危険性はあるんやねぇ」
「もう一つのツッコミは?」
「そっちはジョン姉さんから。森田記述の「第五空軍の第十六戦隊長」は自爆自決の記録が無い、ということと、該航空部隊の装備兵器の変遷から見ると、「六七式重爆」は「九七式重爆」の誤植ではなく「キ-67」つまり「四式重爆(飛龍)」のことではないか、ということなの」
「軍事史面からやね。そもそもジョン姉さんの指摘は信用できるん?」
「軍事面に於いては十二分に信用できるの。理由は言えないけど」
「…ご本人に直接お会いもしてるんだったよね」
「まぁ、そういうことがあったんだよね。森田の記述の信憑性もあるけど、とにかく証言と類似記述を軽卒に結び付けてはダメだ、ってことなんだね。今回の件だと「8月15日に平壌飛行場で陸軍重爆機の墜落事故があった。事故か自爆かは措くが、憤懣の余り自爆したという解釈をした者もいる」くらいが妥当なのかなぁ」
「せやけど作者、もともと『秘録大東亜戦史 朝鮮編』の森田の文章は嫌ってたのに、あっさりつまづいたんやねぇw」
「うん。文章自体が物語風だし出典がない描写が多いしねぇ…でも一番嫌なのは、「用字法に規則性があるようでない」「恣意的な仮名遣い」といった点だったの…」
「あー、8月はさんざん文句言いながら写経してたよね…」
「それらのせいでリズムよく写経できないから、時間ばかりかかってしまって…ともかく、ポラリスさんやジョン姉さんのように柔らかく指摘してくれる方々がいることに甘えたり狎れたりしてはダメだと思うの」
「そこは自省し続けていかなあかんね」