写経屋の覚書-フェイト「長期連載終了後、最初の更新だけど、何を取り上げるの?」

写経屋の覚書-なのは「史料整理中に見つけたものが何点かあったので、獄長日記の以下のエントリーを元ネタにして見てみるの」

参考エントリー
再びベセル

よって、本日はとっても小さなお話。

ベッセルとベセル
梁起鐸事件(一)
梁起鐸事件(二)

以上、三度に亘って当ブログで活躍していただいた、イギリス人ベセル氏。
彼の死亡に関する電報を見つけたため、紹介。

往電第五五号
暗号 「ベセル」病死報告件

明治四十二年五月一日
午後五時四○分発

鍋島部長

東京赤坂区南阪 伊藤公爵邸 古谷秘書官

「ベセル」 ハ予テ病気ノ処本日死去セリ


ベセルは、1909年5月1日に病死していた。
安重根による伊藤博文暗殺も、日韓併合も知らずに。
韓国人の感情を煽り続け、それでいながら集まった義捐金を流用した、彼の本当の目的は何だったのだろうか。

写経屋の覚書-はやて「ベセルの死亡の話やな。ほんで何を見るん?」

写経屋の覚書-なのは「統監府文書に、ベセル死亡に対する反応や葬儀、弔慰金等について言及している憲兵報告が何件かあったんでそれらを見るんだけど、最初は死亡通報ね」

憲機第907号 「ベツセル」死亡通報

                   英人「イー、テー、ベツセル」
 右者大韓毎日申報社長にして且其悪徳記者として有名なりしか昨一日午前十一時三十分遂に病死せり死体は「アストルハウス」より直に西大門外自邸に引取れり葬儀は日本に居住する実弟着京を待ち執行する筈なりと云ふ
                   明治四十二年五月二日

写経屋の覚書-フェイト「死亡時刻まで報告してるんだ。アストルハウスっていうのは入院した病院かな?」

写経屋の覚書-はやて「そやろなぁ。『悪徳記者』ってえらい書きようやけど、募金流用したんやさかい当然かもしれへんね…で、葬式はやっぱり死亡翌日にしたんかな?」

憲機第919号 「ベツセル」葬儀式挙行状況報告

                   故英人「イー、テー、ベツセル」
 右昨二日午後三時三十分自宅出棺東幕(龍山の西約一里)外人埋葬地に埋葬したるか会葬者は外人及韓人無慮三百名余にして盛大なりしと 而して外人間には各国領事以下及滞京中なる元山駐在露国領事「ビル、コーフ」をも見受けたりと
                   明治四十二年五月三日

写経屋の覚書-なのは「うん。あと、弔慰金を募る人たちもいたんだよ」

憲機第913号 救世軍大尉「バレウコ」の「ベツセル」死亡吊慰金募金に関する件

一.五月二日救世軍大尉「バレウコ」は救世軍教員に対して曰く我英国人「ベツセル」は死去したり同人は韓国に対し与へたる勤労尠からされは我等は各道軍営に通知して夫々義捐金を募集すへし其金員は多少を論せす義務的ママ助なれは個人の随意たるへしと発議せしに少尉林文相は十円、少尉趙重吉は三円を即座に出金したり
又林文相は英文に諺文を添へ各道に通知書を発送する筈なりと
                   明治四十二年五月三日


憲機第942号 「ベツセル」に対する吊慰金出捐者及同金額に関する報告

                   故英人「イー、テー、ベツセル」
 右葬儀に対し義捐金拠出したる重なる者を聞くに一千五百円大韓毎日申報社、一百円元郵逓司総弁閔商鎬、一百円閔俊鎬等にして以下十円五円の分数多ありしと而して之れか総額は二千円内外なりしと云ふ
                   明治四十二年五月五日

写経屋の覚書-はやて「大韓毎日申報社は当然やろけど、排日仲間の救世軍も募っとんねんな。今度は流用とか横領はないみたいやねw」

写経屋の覚書-なのは「あははは、2,000円も集まったんだからついつい疑いたくなっちゃうけどねw で、ベセル死亡のニュースを聞いた人たちの反応についての報告もあるんだけど…」

憲機第922号 「ベツセル」死亡後韓人及外人の反応報告

 排日新聞社長として一部韓人に有名なりし英人「ベツセル」死亡に就き外人及韓人等の伝説を聞くに異口同音に日韓両国の為めに幸福なりと叫ひ居れり
                   明治四十二年五月四日

写経屋の覚書-フェイト「『異口同音に日韓両国の為めに幸福なりと叫ひ居れり』ってほんとかな?」

写経屋の覚書-なのは「うーん…そう思った人が一定数存在するだろうとは言えるけど、誰もがってわけじゃないだろうねぇ…で、追悼会なんてのもやったりするんだよね」

憲機第943号 「ベツセル」追悼会状況報告

 昨五日午後三時より韓人姜允熙林炳恒等十余名発起し故「ベツセル」の追悼会を東大門外永道寺に於て挙行したるか来会者は「ベツセル」寡婦、長男及横浜に在住する「ベツセル」の実弟外人七八名及韓人数十名にして安昌浩、梁起鐸、林炳恒等の追悼演説あり午後六時三十分頃散会したるか頗る盛会なりしと
                   明治四十二年五月六日

写経屋の覚書-はやて「葬式の3日後かぁ…当時の通信事情や交通事情を考えたら、地方の人へ追悼会のお知らせはじゅうぶんに行き渡らへんやろし、参加したくてもぎりぎり間に合うか合えへんだんちゃうかなぁ?」

写経屋の覚書-フェイト「参加者は結局数十人だもんね。葬式のほうは300名も来たんだし、きちんと計画して地方にもきちんとお知らせして、もう少し時間をおいてから盛大にやったほうがよかったんじゃないかなぁって気もするよね」

写経屋の覚書-なのは「うん、追悼会をダシにしてお好きな排日運動につなげればよかったのにねぇw でも、数十人しか来てないのに、3時間半も追悼演説で盛り上がれるってすごいよねw」

写経屋の覚書-はやて「参考エントリーと(おんな)しで、とっても小さなお話で終わってもおたね」

写経屋の覚書-なのは「…実は続きがあるの。いつやるかわからないんだけどね…」
写経屋の覚書-なのは「さぁ、この『明治四十三年七月十三日韓国駐箚各道憲兵隊長(警務部長)会議席上 俵学部次官演説要領(明治43年7月)』とも長くお付き合いしてきたけど、今日で最後まで行ってみるよ!」

写経屋の覚書-はやて「ほんまに行けるんかなぁ…」

写経屋の覚書-明治43年7月13日俵訓示_62
写経屋の覚書-明治43年7月13日俵訓示_63
写経屋の覚書-明治43年7月13日俵訓示_64
写経屋の覚書-明治43年7月13日俵訓示_65
写経屋の覚書-明治43年7月13日俵訓示_66
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写経屋の覚書-明治43年7月13日俵訓示_68
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写経屋の覚書-明治43年7月13日俵訓示_70
写経屋の覚書-明治43年7月13日俵訓示_71

     三、日本人教師の取締
第三日本人教師の取締 私立学校に於ける日本人教師の取締に就ても亦一言の要あるを認む元来私立学校に於ける韓人教員の多くは前述の如く其学識技教員たる素質を有せす又之を要求するも韓国の現状に照らし到底其人を得難きを以て一般私立学校の風潮として往々日本人教師を私に聘用するものを増すに至れり斯くの如き傾向あるに当ては苟も日本人として来て此韓国の教育に従事する以上必すや相当学識を有して教養薫陶の任に堪へ得る者ならさるへからす殊に其品性素行の如きは其教員たるの上より又日本人たる上より子弟の師表となり韓人の儀範たるへきものならさるへからす然るに多数私立学校に於ける日本人教員中には内地に於て教育上何等の経歴学識を有せす甚しきは刑法上の処罰を受けたるものすらなきにあらず斯の如きは到底教育上の実績を挙け得さるは勿論其の言動の如何は延いて日本人たるの体面を汚し学部の新教育施設に影響するの甚たしきものあるを以て学部は曩私立学校に於ける日本人教員の取締に着手し各道書記官をして其人物学歴を調査せしめ其詮衡の下に教員たる認否を決定せしむるに至りたり然れとも多数教員中には尚ほ或は不良教員の存在せさるなきを保せさるを以て諸君に在りても若し教員として不適当なるものゝ存在を認めらるゝに於ては其事実を挙けて報告せられんことを望む

写経屋の覚書-フェイト「ちゃんとした教師養成課程を経た韓国人は師範学校卒業生しかいないし、その人たちは官公立の普通学校や高等学校の教師になって私立学校のほうには回ってこないから、日本人の教師を招くんだね」

写経屋の覚書-はやて「なんかプロ野球やサッカーの助っ人選手みたいやなぁ。まぁ、招かれる以上はちゃんと教員免許を持った日本人を呼ぶんやろ…って、あれ?『日本人教員中には内地に於て教育上何等の経歴学識を有せす』って指導経験や必要な知識も持ってへんやつもおるんかい!即戦力ちゃうんかい!ブライアントやブラゼルやのおて育成枠かい!」

写経屋の覚書-なのは「私立学校の教員は教員免許が無くてもいいって言ってるから、大韓帝国あるいは日本の教員免許を持ってなくても問題はないだろうけど、わざわざ日本から招請するんだから、免許はともかく学習指導について経験のある人を呼ばないと意味が無いよね」

写経屋の覚書-フェイト「そうだよね…『甚しきは刑法上の処罰を受けたるものすらなきにあらず』っていうのもひどい話だよ。刑法による処罰を受けた人って教師になれないんじゃなかったっけ?」

写経屋の覚書-なのは「うん。私立学校令第8条で、禁獄以上の刑に処せられた者、懲戒処分による免官に処せられて2年以内の者は教員や設立者、校長になれないって規定されているよ。これって大韓帝国の刑法内のことだとは思うけど、日本人だって教師とする以上はきちんとした人を呼ばなきゃダメだよね」

    丙、外国人宣教師との関係
以上学部か私立学校に対する監督方針の一端を説明せり而して最後に於て予が特に諸君の留意を乞はんと欲する所のものは対外国人問題なりとす韓国に於て治外法権を有する彼等が学部の勧奨を悦ひ快く其設立若は監理下に在る学校を挙けて私立学校令の支配下に立つに至らしめたるは順理に基ける挙措にして韓国教育の前進の為め喜ふへきことなることは既に前述したるか如し故を以て今後彼等の学校に対しては私立学校令の下に適当と認めたる監督方法を講するは毫も不可あるなしと雖是か取締の実際に至つては多少の手加減をなして懇切叮嚀に之に■■へきは蓋し彼等を待つ上に於て忘る可からさる必要事なりと信す

写経屋の覚書-フェイト「『是か取締の実際に至つては多少の手加減をなして懇切叮嚀に之に■■へき』って、宣教師の学校に対しては多少緩くするってことだよね?」

写経屋の覚書-なのは「うーん、俵は実際にあったこととして2例挙げているんで、まず見てみるね」

予は今之に関する一二の事例を挙くべし頃日某道警察部長より外国人主催に係る学校運動会に対し学部訓令の趣旨に依り之を取締らんとするも事外国人に係るの■を以て之か取締方針の指示を乞ひ来りたることあるも外国人の主催即ち宗教学校の運動会と雖苟も既に私立学校令に依りて認可を受け学部の支配下に立ちたるものなるに於ては学部の方針に従て行動せさるべからさるや論なく随て其運動会が其規模に於て其内容に於て学部訓令の趣旨に背反するものなるに於ては該訓令の趣旨に依りて之を取締るべく外国人たるも亦学部が運動会の弊害を認めて之を禁遏したる精神をして徹底せば該訓令に服従するに躊躇するなかるへし然りと雖之か実際の取締に遇つては宜しく当初彼等か設立認可を受くるに至りたる径路に鑑みて懇切円満に之を指飭すべく万一之に■■さるか如き場合あるに於ては事情を具して学部へ報告すべき旨を令達したることあり

写経屋の覚書-はやて「…単に、学部訓令に基づいて対応するけど、命令と言うより懇切丁寧に指導して、もしそれに従わない場合は学部に事情報告しろってことやろ。私立学校令の運用全体に流れとる姿勢ちゃうん?」

次に某道警察部長より仏国宣教師某なるものが内部に於て発売を禁止したる幼年必読外二三書を教授し居るの事実を挙けて之か取締方の指揮を請ひ来りたるを以て予は直に部下の官吏を派して仏国宣教師を司掌せるミユーテルに之を問はしめたるに彼は其支配下にかゝる不良教科書を使用するものは之なかるべし而も若し之あるに於ては直に之か禁止を命すべしとて確く之を誓ひたるを以て予は一面之を道に移牒すると同時に憲兵司令官に事の顛末を報告し置きたり

写経屋の覚書-なのは「『ミユーテル』については、獄長日記の併合前のキリスト教団体状況(二)や、先月の俵学部次官演説要領(明治43年7月)(4)でも出てきたけど、カトリック代表のフランス人宣教師だよ。安重根の最後に当たって、「告白」「病者の塗油」「許しの秘跡」を拒否した事で一部の方々に有名(第七回韓国施政改善ニ関スル協議会(三))らしいけどね」

写経屋の覚書-フェイト「内部が販売禁止にした『幼年必読』ってどんなものなの?」

写経屋の覚書-なのは「1909(隆煕3・明治42)年に玄采が執筆出版した書籍なんだけど、内部から販売頒布禁止に指定されていたんだよ」

写経屋の覚書-はやて「前回、『教科用図書の取締に関しては如上認可制度に依りて之か良否を■別指示し来り居るも学校に於ては果して是を実行し居るや否や或は出版法に依りて禁止せられたる図書を使用し居らさるや否や是等実際に於ける取締は頗る困難なるものにして』ってあったけど、それの実例ってことやな。直接その某地方の宣教師に改善を指導せえへんの?」

写経屋の覚書-なのは「宣教師代表のミューテルの顔を立てたってことだろうね。たしかに韓国人の私立学校に対する処置よりは回りくどいというか丁寧な感じがするけど、法令に基づいて厳格に処置する前に、まず当事者に改善の指導・要請をするっていう点では、これも私立学校令の運用全体に流れる姿勢と一致するね」

以上は単に過去に於ける一二の例に過きす今後に於ても外国人関渉の事実を発生することは亦当に尠からさるべし而も此場合に於ては■理に基き順道に依り懇切に之に当るに於ては宣教師と雖亦其意を諒し敢て事端を構ふるか如きことなかるべし此点に関しては特に各道警部長たる諸君の慎重なる考慮を望む尚ほ現時に於ける地方官憲と外国人との関係は頗る没交渉なると同時に円満を欠くの嫌あるを認む斯の如きは多数地方官就中郡守等の中に於ては未だ中央政府施政の方針を悉くさゞるものあるの弊に坐するものにして為に行政の運行を円滑ならしめさるのみならす延て事端を滋くするの因たるべきなり諸君に於ては既に既に之を熟考せらるべしと雖此機会に於て一言を附す

写経屋の覚書-フェイト「『現時に於ける地方官憲と外国人との関係は頗る没交渉なると同時に円満を欠くの嫌ある』については、俵学部次官演説要領(明治43年7月)(9)で出てきた『高秘発第6517号の3 郡守・宣教師反目の件』があったね」

   第六、各道警務部長に対する希望
    甲、視察及状況の報告
以上韓国教育の現状殊に私立学校に関する一般の状勢を重くせり予は茲に長時間に渉りて諸君の清聴を汚したるを謝し此談話を終らんとするに■て特に諸君に対して援助を請はさるべからさるものあり従来に於ては各地方官殊に憲兵、警察官より教育上に関する機密の報告を得学部施設の参考に供して資益を得たること尠からす願くは今後に於ても従前の如く諸君の調査視察せられたる事項に対して憲兵司令官又は警務総長に報告せられ学部は之に依り十分便宜を得んことを希望す
    乙、普通学校教監に対する援助
普通学校教監か其職務上に対し直接若は間接に諸君の援助を請うこと尠からさるべし願くは諸君に於ても之を諒せられ相当助力援護を与へられんことを望む殊に学部施政の方針に就き一般人民中或は之を誤解し之を疑惧するか如きことあらば其顛末を挙けて之を報告せられんことを切望して止まず (終)

写経屋の覚書-なのは「最後は出席している各道の警務部長への希望事項だよ。特に突っ込む所もないかな」

写経屋の覚書-はやて「これまでじぶんらの報告がごっつぅ参考になったし、これからも学校に関する報告よろしく。あと普通学校の教監を助けたってや。ほんで民衆が学部の政策を誤解しとったらそれも報告したってなーってことやね」

写経屋の覚書-フェイト「これでやっと終了だね。次回からは何を見るの?」

写経屋の覚書-なのは「KJCLUBで発表済みの創氏改名か土地調査事業に関することにとりかかるのがいいんだろうけど、小ネタを続けてみるかもしれないし…とりあえず未定ってことで」

  俵学部次官演説要領(明治43年7月)(1)    俵学部次官演説要領(明治43年7月)(2)
  俵学部次官演説要領(明治43年7月)(3)    俵学部次官演説要領(明治43年7月)(4)
  俵学部次官演説要領(明治43年7月)(5)    俵学部次官演説要領(明治43年7月)(6)
  俵学部次官演説要領(明治43年7月)(7)    俵学部次官演説要領(明治43年7月)(8)
  俵学部次官演説要領(明治43年7月)(9)    俵学部次官演説要領(明治43年7月)(10)
  俵学部次官演説要領(明治43年7月)(11)   俵学部次官演説要領(明治43年7月)(12)
  俵学部次官演説要領(明治43年7月)(13)

写経屋の覚書-なのは「今日は学校の監督方針について見ていくね」

写経屋の覚書-明治43年7月13日俵訓示_53
写経屋の覚書-明治43年7月13日俵訓示_54
写経屋の覚書-明治43年7月13日俵訓示_55
写経屋の覚書-明治43年7月13日俵訓示_56
写経屋の覚書-明治43年7月13日俵訓示_57
写経屋の覚書-明治43年7月13日俵訓示_58
写経屋の覚書-明治43年7月13日俵訓示_59
写経屋の覚書-明治43年7月13日俵訓示_60
写経屋の覚書-明治43年7月13日俵訓示_61
写経屋の覚書-明治43年7月13日俵訓示_62

   第五 学校の監督
    甲、積極的監督
     一、学校視察
学校の監督としては積極、消極の両方面より之を見ることを得へし今積極的監督に付て之を述へん
現今に於ける学部の吏員は日人官吏十数人に過きす故を以て地方学事視察の如きは日常事務の処理の傍ら辛うして年一回の視察を為し得るに過きさるを以て此方面に於ける監督の十分ならさるは常に遺憾とする所なり先年内部と協議を遂け各観察道に教育主任の道主事を置くに至りたりしと雖是等も亦日常事務の繁に遮きられて管内の視察を洽くなす能はさる状況に在り

写経屋の覚書-はやて「学部の地方視察は年に1回で不十分、各道に教育担当の道主事を置いとるけどこれも視察がじゅうぶんでけへん、ってさっぱりあかんがな…」

     二、教科書の供給
教科用図書に関しては普通学校に於ては国定即ち学部編纂のものを使用せしむると雖私立学校に於ては日本の如き義務教育制度にあらされは当然之を使用せしむるを得す而して学部の編纂及検定以外図■を用ゐんとするときは認可を請はさる可らさる制度なるも是等の教科書に至りては其内容到底完全なるものにあらさるを以て将来に於ては学部に於て編纂して供給するの頗る緊要なるを認む

写経屋の覚書-フェイト「教科書の話だね。普通学校では国定教科書か学部編纂の教科書を使っているけど、私立学校にはそれらの使用義務が無いんだ」

写経屋の覚書-なのは「うん。だから私立学校が国定か学部編纂以外の教科書を使うときは認可申請をさせるってことになっているんだけど、将来的には学部編纂のものを使用させる予定なんだよ」

    乙、消極的監督
     一、教科書の取締
以上は積極的監督の一二を述へたるに止まるも尚ほ取締の必要上二三の点を挙くれは教科用図書の取締に関しては如上認可制度に依りて之か良否を■別指示し来り居るも学校に於ては果して是を実行し居るや否や或は出版法に依りて禁止せられたる図書を使用し居らさるや否や是等実際に於ける取締は頗る困難なるものにして殊に唱歌の如きは盛んに当今の政治時事を非議せる挑発的不穏の歌詞を教授するもの往々にして之あるを聞く即ち学部は曩に教科用図書一覧表なるものを刷成して汎く之を地方憲兵、巡査に配布し之か取締を求めたる所以なりとす諸君に於ては今後能く部下を指飭して取締を密にせられんことを望む

写経屋の覚書-はやて「ほんでその教科書についての続きやな。先にあったように教科書は申請認可制やねんけど、実際に認可されたもんを使とるかどうか、出版法で禁止された本を使とるかどうかの取締は困難って、悪辣な統監政治が聞いて呆れるでw」

写経屋の覚書-フェイト「『当今の政治時事を非議せる挑発的不穏の歌詞』の唱歌ってどんなのかなぁ?」

写経屋の覚書-なのは「唱歌についてはこういう報告があるの。隆煕3(明治42・1909)年6月8日付の『高秘収第3229号の1』」

 耶蘇教韓人の排日行動に関する件
 耶蘇教韓人等設立し常に排日を唱導する安昌浩のたる校長平壌所在の大成学校並に進明学校生徒の唱歌の全部は皆是国権回復の意を含むものなるか左記の数章は露骨に渉り治安を妨害するものあるを以て同地警察署に於ては屋外の唱歌を禁止せしむることゝせり
右及報告候也
 (唱歌写略す)
                       隆煕三年六月八日
                                 内部警務局長
             外務部長 宛

写経屋の覚書-フェイト「…かんじんの歌詞が省略されているんじゃわからないね…」

写経屋の覚書-はやて「どうせ今で言うたら『独島はウリナラのもの』とか『大韓は古来連綿自主独立の邦』みたいな内容やねんやろw」

     二、悪傾向の取締
      (1)、政治と教育との混淆
第二私立学校に於ける悪傾向の重なるものは(1)政治と教育との混淆なり云ふまてもなく教育は政治の外に特立すべきものにして両者の間截然之を区別せさるに於ては修学時代にある少年子弟をして其学修のを専らならしめさるのみならす未熟なる頭脳に政争時■の思想を注入せしめ為に其前進を誤るに至り教育上黙過すべからさる弊害の因たるべし日本に於ても往年学制にして政治を談し時事を論するの弊を生したるも時の文部省は鋭意之か矯正禁遏に努めたる結果学校及学生は其非を悟り其正に帰し逆に能く今日の如き完備せる学風を見るに至りたり韓国に於ても■弊亦滔々として瀰蔓し或は言論に或は教科書に政治問題時事問題を捉へ来りて激越なる論議を弄ふもの少からす其弊の及ふ所啻に子弟の一身を誤るのみならす延て国内の秩序を撹すものあるを以て学部は全力を注きて之か非を鳴らし其進むべき順路を示して啓蒙開発に努めつゝありと雖而も近時尚往々にして如斯事実あるは誠に痛嘆に堪へさる所なりとす此間に在りて外国人中説をなして学部か政治問題、社会問題を禁遏するに余りにも其神経的なるを云為する者なきにあらす然れとも是誤れるの甚しきものなることは前述の理由に依りて明白なり学部は学問として政治法制の学を講究するは敢て妨くるにあらす現に学部所管に係るものに法学校あるにあらすや韓国の現状たる学校に於ける政治問題社会問題の討究は学科として之を履修するものにあらす全く矯激なる言論に依て時務を憤慨し世局を非難するものにして禍害の及ふ所実に測り知るべからす是れ前述の如く本部か苦心焦慮して之か取締に力を致し現に近く此弊風矯正に関する訓令及訓諭を発したる所以なりとす諸君に於ても能く此意を諒し今後若し学校若は学生にして政治を論し時事を議するものあるか如きは其理由を示して説諭せられんことを望む

写経屋の覚書-フェイト「政治と教育の混同、政治問題を教育に持ち込むことについては再三言われているよね」

写経屋の覚書-なのは「慷慨するのは勝手だけど、学生の本分は勉強なんだからね」

写経屋の覚書-はやて「作者に言わせると、学生時代少なくとも10代のころは、知識教養も不十分やし、じぶんの思考回路も確立してへん。せやのに問題意識ばかり先走って行動するとろくなことにならん。学校教育っちゅうんは、そこで習ったことそのものが即役立つというより、正しく問題を受け止めて分析、考えることのでける力をつけるための基礎をつくるもんなんやってことらしいで」

      (2)、運動会
(2)運動会に関しても亦看過すへからさる弊風あり殊に大規模の運動会に於て然りとなす先年予か平壌に至りて目撃したる平安南道一円の学校連合大運動会の如きは単に其規模の大なるのみならす盛んに喇叭を吹き大鼓を鳴らし宛然たる一種武装的示威の運動会にして其形容教育の本旨に副はさるは勿論徒らに無用の出費をなし課業を抛擲するの弊に陥り其結果学風を駆りて放漫軽佻の域に趣かしむるに過きさるを以て学部は斯種運動会の開催に対しては属に訓令を発して其非を懇飭し苟も其連合の範囲一郡以上に渉り而も数日に及ふものゝ如きは断然之を禁止するの方針を採り以て今日に及ひたり

写経屋の覚書-はやて「大運動会の話もさんざん出てきたしなぁ」

写経屋の覚書-フェイト「体育や運動会ばかりやってるなんて、兵士を養成するわけでもないのに…」

写経屋の覚書-なのは「ま、この大規模な運動会の禁止措置を例によって私立学校への弾圧としている人もいるんだけどね。じゃ、きりがいいので今日はここまでにするね」

  俵学部次官演説要領(明治43年7月)(1)     俵学部次官演説要領(明治43年7月)(2)
  俵学部次官演説要領(明治43年7月)(3)     俵学部次官演説要領(明治43年7月)(4)
  俵学部次官演説要領(明治43年7月)(5)     俵学部次官演説要領(明治43年7月)(6)
  俵学部次官演説要領(明治43年7月)(7)     俵学部次官演説要領(明治43年7月)(8)
  俵学部次官演説要領(明治43年7月)(9)     俵学部次官演説要領(明治43年7月)(10)
  俵学部次官演説要領(明治43年7月)(11)    俵学部次官演説要領(明治43年7月)(12)