AI(人工知能)の発達が何かと話題になる昨今。
AIが生活を便利にすると言われている一方で、多くの仕事を人間から奪うことが心配されています。
僕が従事している翻訳業もその一つです。
そんな中、こんな記事を発見。↓
この記事、韓国のスタートアップ「Brain Ventures」がウェブトゥーン(ウェブ漫画)専用の翻訳AI「METAPHOR」を開発し、日本市場に進出するという内容です。
ウェブトゥーン翻訳で稼いでいる僕としては、「マジかよ!」とつい声が出そうなニュースですね。
記事によるとこの「METAPHOR」は「文脈を考慮して自然に翻訳するだけでなく、ウェブトゥーンのセリフのを認識し、元々のデザインを生かしたまま翻訳する」とのこと。
「元々のデザイン」はともかく、「文脈を考慮して自然に翻訳」が本当に可能なのでしょうか。
記事はさらに次のように続きます。
”韓国のウェブトゥーンを日本に輸出する上で最も重要なのがローカライズ作業だ。輸出側の文化を考慮せずに単に直訳すると、完全に誤訳される可能性がある。この文化的違いを考慮して翻訳する Brain Ventures の AI 感性翻訳技術は、人が長い時間をかけて作業しなければならない速度を大幅に減らし、早い時間での大量の翻訳が可能だ。”
前半の「ローカライズ作業」についてはまさにその通りで、僕のような翻訳者に求められているのがこの部分です。
記事では「METAPHOR」がそれを人間よりもはるかに速くできるという感じで書いてあります。
そのキーワードとして「AI感性翻訳技術」という耳慣れない言葉が出ていますが、この「技術」がどこまでなのかが問題でしょう。
要約すると「METAPHOR」は文化の違いや文脈を考慮して自然に翻訳することができるということです。
本当にそれが可能なのでしょうか?
例えば、一人称の問題。
ある男性キャラの基本の一人称は「俺」で、丁寧語を使う場合は「僕」、会社や仕事関係の人だけには「私」を使うとします(僕が実際にこういう設定にして苦労した例です)。
そういう細かい判断がAIにできるのかどうか。
また、語尾の問題もあります。
女性キャラの語尾を「~なのかしら?」にするか「~なのかな?」にするのか。
おじいさんキャラの場合は「~なんじゃ」にするのか「~なのだ」にするのか、「~じゃのう」にするのか「~じゃな」にするのか。
若い男性なら「~じゃねぇよ」か「~じゃないさ」か……等々。
ここも選び間違ったらだいぶ不自然になります。
丁寧語も「~입니다(~です)」口調だからといって、全部自動で丁寧語に翻訳すればいいのか。
「~야(~だ)」口調ならまずタメ口にするとしても、中間の「~어요」はタメ口と丁寧語のどちらにするのか。
これらもキャラの性格や関係性を考慮して選択しなければなりません。
↓丁寧語・タメ口の翻訳に関してはこの記事でも触れています
上に挙げたのは翻訳する上で毎日迷う点のごく一部です。
ウェブトゥーン翻訳を含め、いわゆる「コンテンツ翻訳」はこういった微妙な選択の連続だと思います。
そこをAIが補えるのかどうか。
僕がたまに使う既存の翻訳機(無料のもの)のレベルから考えると、たぶんそこまでは不可能です。
もちろんAIはどんどん学習していくはずなので、経験(?)を積んでいけば質は上がっていくのでしょう。
それがどこまで行けるのか、いつ人間レベルに追いつけるのか(あるいはもう追いついているのか)。
将来的に追いつくとして、それが数年後なのか十数年後なのか数十年後なのか。
そういった部分によって、翻訳者の仕事の行く末も決まってくるのかもしれませんね。
実際、説明書や法律関係などのいわゆる「技術翻訳」であれば、高性能の翻訳AIで十分できる可能性があるでしょう。
そういった翻訳は意味を正確に伝えればいいので、ある意味では「機械的に」できるからです。
しかし、「コンテンツ翻訳」の場合は意味の伝達だけでなく、記事でも触れられている「ローカライズ」が必要になってきます。
「ローカライズ」というのは、文字通り他の地域の文化に違和感なく置き換えるということです。
その翻訳には「ネイティブ感」が求められます。
ネイティブ以外の翻訳者、例えば韓国で生まれ育った韓国人翻訳者が韓国語の漫画を日本語に訳したら、どんなにうまくてもやはり「非ネイティブ感」が出ます。
パッと読んだら「ああ、これは日本語ネイティブじゃない人が訳したんだな」とわかります。
AIが翻訳したウェブトゥーンは読んだことがありませんが、たぶん今の段階では「ああ、これはAIだな」とわかるのではないかと思います。
その「AI感」がなくなるまでは、僕らの仕事もなくならないでしょう(韓国コンテンツの人気自体がポシャったら別ですが)。
とはいえ「METAPHOR」の翻訳を実際に見たわけではないので、なんとも言えないというのが実際のところ。
もし機会があれば、「METAPHOR」が翻訳したものを読んで、一つ一つ批評してみても面白いかなと思っています。
…まあそんな暇とお金があればですが。
※次は土曜日に更新します
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