その夜の月昏い。 部屋の隅に置かれたピアノに影が射している。 蓋は開かれたまま、書きかけの楽譜が置かれている。 楽譜の主に断わりもなく、それを覗く。 「ふん、相変わらずだな」 嫉妬。 自分にはない才能を持った彼は、独学でピアノを学んだ。 そのピアノから紡ぎ出されるメロディーは、優しさに溢れている。 ピアノが弾ける人は山ほどいる。 でも、何かを感じる演奏が出来る人はそんなにいない。 好き嫌いの問題かもしれないが、彼の演奏が好きだ。 それはまるで彼の心の声のように聞こえるから。