息が出来ない。
深い海の底に沈んだように。
胸に言葉が詰まって出て来ない。
「なあ、俺の事どう思ってる」
そう聞かれて、ただ俯いた。
君が悲しそうに微笑み、言う。
「ごめん、答えられないよな。嫌いなんて言えないお前の優しさに甘えてしまう」
よく分かっている。
そうだ、僕は嫌いなんて言えない。
だって嫌いじゃないから。
それを言ってあげれば、彼が背負っている重荷が少しは軽くなるかも知れない。
それなのに、何故声が出ない。
せめて笑えたら。
そう思って、思い切って顔を上げたのに、彼の顔を見ると顔が歪んだ。
それにつられたように、彼の顔も歪む。
「本当にごめん。会えた義理じゃなかったのに・・・」
彼は深々と頭を下げ、くるりと踵を返した。
「安心して、もう帰るから」
振り向かずに言うと、歩き出した。
離れていく君の背中。
見慣れていた広い肩幅が、やけに小さく見える。
その背中に、縋り付いて泣いた夜。
君はただ僕を優しく抱き締めてくれた。
あの頃、世界は広かった。
でも、君の側が僕の世界のすべてだった。
それが日常だったから。
君が居る。
それが永遠に続く日常だった。
手放せない。
過去は過去だと割り切れと言う人もいるだろう。
確かに過去は過去だ。
だが、今居るここは、あの過去の先の未来だ。
僕はいつもあの過去の未来を生きている。
そして、僕は今の未来を生きる。
それがどんな未来なのか知らない。
でも、そこには常に君が居るだろう。
僕は君の広い背中に向けて走り出した。
過去の未来に追いつくために。
「君を愛してる」
そう、叫びながら。

