「さむっ」
ついこの間までは真夏の暑さだったのに、突然秋の陽気になり、陽が落ちると冬の足音が聞こえてくる。
ハヤトは両手で自分の腕を包みこむようにして擦った。
今回のツアーは事務所もかなり気合が入っていると見えて、ホテルがワンランクもツーランクも上だ。
部屋の外にはバルコニーが付いていて、リゾートホテルのようにテーブルとイスも置いてある。
そこに座ると波の音が聞こえた。
深夜、誰もいない海岸はまるでハヤトのためだけのプライベートビーチのようだ。
波音を聞きながら、部屋で寝息を立てているルイを思った。
このグループが結成される時に出会った俺達は、あっという間に友達になった。
夢も目標も同じ仲間はすぐに仲良くなれる。
その仲間の中でもルイは特別で、何故こんなに気が合うのかと不思議になるほどだった。
それが特別な想いだと気付くのに、それほど時間は掛からなかった。
ただその気持ちを伝えることだけはどうしても出来なかった。
心地良い関係をわざわざ壊す必要などない。
普通の仕事ならば、ルイの横に誰かが寄り添うのを警戒しなければならないだろう。
でも、有難いことに俺達はアイドルだ。
アイドルはファンあってのもの。
まだ成長過程の俺達には、恋愛沙汰はご法度だ。
だから安心していたが、人の心はコントロール不可能だ。
もしルイが誰かに恋したとして、それを心から追い出すことは出来ない。
ハヤト以外の誰かを想うルイを想像するだけで、嫉妬で胸が焼け付くようだ。
そんなハヤトの唯一の慰めが「春カップル」として振る舞うこと。
その時だけは、思わせぶりな態度がかえってファンサービスになる。
今はそれで心を押さえ付けている。
ルイを想う気持ちが暴走しないように。
「俺も不毛な恋をしてるな」
びゅうっと海風が頬を叩く。
ハヤトは寒さにまた腕を擦った。
続く