前回の続き。
母親の理解があり
カウンセリングが始まったのだけれど
最初に行った病院は
当時母親がお世話になってた心療内科の主治医で
性同一性障害専門の先生ではなかったので
約半年くらい通った後に紹介状を書いてもらい
性同一性障害専門の病院へ通う事になりました。
そこで本格的に始まったカウンセリング。
まず初診の時カウンセリング前に行われた
性格診断とお絵描き的なやつ。
これは後々聞くと
性同一性障害用の診断らしい。
そんな事も知らず淡々と進めたけどもw
全部書き終えカウンセリングが始まった。
カウンセリングでは
今までの生い立ち、恋愛対象、性の対象、
これからどうしていきたいのか。
等が聞かれ1時間くらいのカウンセリングだったかな?
因みにこの時の恋愛対象、性の対象は
女性でノーマルのFtMでした。笑
それから月1程度でカウンセリングに通い
毎回変わった様子はないか等
10〜15分くらいのカウンセリングが続きました。
一旦不登校の話に戻ると
不登校になってから担任の家庭訪問が何度かあり
教室には来なくても良いから学校には来て欲しい。
いわば別室登校。と言われ
母親と話し合った結果
教室に行かないのならという事で
別室登校をする事に。
僕が生徒に会いたくないと主張し
最初の1ヶ月くらいは
母親に送り迎えをお願いし
2ヶ月目からは
他の生徒と登校時間、下校時間をズラし
誰にも合わないような形で登校していました。
別室登校の教室は職員室の隣にあり
やたらと先生方との関わりが増え
勉強だけぢゃなく焚き火で焼き芋を作って食べたり
職員室で余った給食の白米で
先生方のおにぎりを作ったり
なんだかんだ楽しい別室登校を3年間送りました。
2年生後半くらいから
進学先を決める時期になりましたが
その頃の僕は進学する気がなく
手術費用貯めたいから就職する!と
頑なに言い張ってました。
ですが母親や先生方は
やはり将来の為にも進学を進めてきます。
頑固な僕は全然聞く耳を持たなかったのですが
3年生の二学期くらいになった時
説得に負け、というか投げやりな気持ちで
もう分かった!行くから!
その代わり偏差値とかどうでも良いから
近くの高校ね!
と行けるなら何処でも良いと思い
近くの高校を受ける事にしました。
中途半端ですが今日はここまでにします。笑
最後までご観覧頂きありがとうございます✨