はじめまして。
ふーたろ。と言います!
僕はFtMでパンセクシャルです。
詳しくはプロフィール欄に書いてあるので
是非ご覧下さい😊。
今回は性同一性障害の経歴を紹介していきます。
僕が誕生して物心ついた時から
ある違和感を覚えました。
それは僕にあるはずのペニスがない事。
でも大きくなったら生えてくる物だと思い
生活してきました。
小学校に入学すると
ランドセルは赤、上履きも体操着も赤。
母親にも無理矢理ワンピースやスカート
女の子らしい服を着させられるようになり
苦痛な日々が続きました。
上履きは全てマジックで黒く塗り潰したけど
ランドセルは大好きなおばあちゃんが買ってくれた為
ランドセルカバーで赤色を隠して
大事に6年間使わせて頂きました。
学校でも外でも遊ぶのはやはり男子が多く
周りの女子からは"男メーサー"(沖縄の方言で男好き)
と噂が立ったりしましたが特に気にする事もなく。笑
そんな小学五年生のある日
家に帰りテレビを見ていると
性同一性障害のドキュメント番組をしていたんです。
それも僕と同じFtMの人。
それまで性同一性障害という言葉は知らなかったけど
番組を見てると僕と重なる点が多くあったので
性同一性障害というのが気になり
家にあるパソコンで調べるようになりました。
調べているうちに
あ、僕はこれだ!性同一性障害なんだ!
と思い自分の中でスッキリした感じはあったけど
周りにカミングアウトするのが怖く
ズルズル引きずってるうちに小学校も卒業し
中学校に入学しました。
制服はもちろんセーラー服。
毎日のセーラー服が苦痛で仕方なく
それから周りが笑ってるのを見ると
自分を見て笑われてると被害妄想を持つようになり
僕は不登校になり引きこもりになりました。
最初は親にも仮病を使って休んでたけど
流石に1週間も続くと親も気付きますよね。笑
何で学校に行かないのか。聞かれたけど
答えることなくずっと黙りました。
でも母親は諦めず問いただしてくるんです。
僕は今まで抑えてた感情が爆発したのか
号泣してしまい
そのままカミングアウトしました。
当然母親はビックリし時が止まった感じがしました。
僕は怒られる覚悟で居ましたが
母親は予想もしてなかった言葉を発しました。
"病院に行ってカウンセリングを受けよう"
嬉しい反面驚きの方が強かったかもしれません。笑
そして母親の理解があり
中学2年生の冬GIDのカウンセリングが始まりました。
この記事にまとめて経歴書こうと思いましたが
意外と長くなってしまったので
続きはまた後程書きたいと思います(><)✨
最後までご観覧頂きありがとうございます♪♪