洒落題 | Flog

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Frogの研究者の息抜きblog

--- since 01-06-07 ---

Dr.フリーターに振り回されて、お疲れです(苦笑)。

と云う訳で、突然書評。
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鴻の短編集『なぜ絵版師に頼まなかったのか』を読んだ。以前に、北 鴻と云う作家を意識して読んでみて、面白かったので、もっと他の作品を読んでみたくて購入したのが本書である。

以下の5作品よりなる。

  なぜ絵版師(えはんし)に頼まなかったのか

  九枚目は多すぎる

  人形はなぜ生かされるか

  紅葉夢(こうようむ)

  執事たちの沈黙

巻末の解説の千街 晶之(せんがい あきゆき)に依れば、タイトルは全てパロディになっているそうで、成る程、そう云われれば、私にも直ぐ判る物もある。ちょっと気になって調べてみた。

  なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?

  九マイルは遠すぎる

  人形はなぜ殺される

  紅楼夢

  羊たちの沈黙

幾つかは、読んだことがあるが、未読のものもあるので、いつか時間が出来たら読んでみよう。


主人公は、葛城 冬馬(かつらぎとうま)、13歳、元号が明治と改まった月に松山で生を受けたが、未だに髷頭である。早くに父母を亡くして、徳川(とくせん)家の御世にこだわる頑固者の曾祖父に育てられた故であるが、その曾祖父も亡くなり、さて、漸く髷を落とせるか、と思ったら、遠縁のおじに「しばし待て」と止められ、その髷を結っていることが条件である奉公先を紹介され、東京大學医学部主任 エルウィン フォン ベルツ先生宅の給仕として東京へ出て来た。

各物語は、ベルツ宅へ出入りする他の外国人教師達やその他の人々と、冬馬の関わりを描き乍ら、巧に史実を取り入れて物語に深みを持たせ、医学的な見地からそれぞれの『事件』の謎が解明されて行く、と云うパターンである。各物語は、それ自身で完結しているので、その意味では、どれから読んでも良いのだが、時間軸は、上に挙げたタイトルの順通りなので、順番に読むのが正解である。『なぜ絵版師に頼まなかったのか』では、13歳の給仕であった冬馬が、『執事たちの沈黙』では22歳の医者になっており、冬馬の成長を各物語を通して追うのも見どころであるし、また、最初の話で、冬馬と出会った時は、新聞記者であった市川歌之丞が、物語が変わって冬馬が次回に会う度に、職業のみならず名前まで変わっており、最後には冬馬に(一方的に)弟子入りしてしまう、と云う過程を追うのも一興 。

タイトルの付け方の遊び心からも分る様に、一連の物語も(一見)肩の力を抜いたユーモラスな話の作り(例えば、ベルツ先生が「打ち掛け」を部屋着として着ていたり)になっており、ひとによっては、その「軽さ」を嫌うかもしれないが、どの作品も細部に渡って良く作られており、個人的には全て読み応えがあり面白く読めた。


『執事たちの沈黙』の最後は、未だ、物語が続くことを期待させるような終わり方である。『近い将来続きが読めるのを楽しみに待ちたい』と、書きたいところだが、今はもう、そう云えないのが、返す返すも残念である。

Fri, Jan 21