ヒトの体外受精技術を確立した業績に対して。御年85歳、と云うのも、『今』、受賞の理由かもしれませんね。もう、待てない(笑)。共同研究者は、1988年に亡くなっているそうですから、もう少し早い受賞なら、一緒に栄誉に預かれたのでしょうが、研究内容が内容だけに、恐らく時代がそれを許さなかったのでしょう。
宗教家はもちろん、同僚の研究者仲間からすらも非難され、研究費の申請は拒否され、と苦難の日々を乗り越えての受賞、感無量なんじゃないでしょうか。
naturenews(cache)にも解説が出ています。
冒頭を引用しましょう。
Very few scientists can say that four million people are alive because of their work, but Robert Edwards is one of those few.
ほんの一握りのサイエンティストのみが、自身の研究成果に依って、400万人の命を救えたと云うことを許されるが、 Robert Edwardsはそのひとりである。
更に、苦難の日々の件の引用。
Johnson recalls the "strange atmosphere" in the 1960s and 1970s, when the prospect of overpopulation seemed to be a bigger societal concern than infertility. "There was no awareness then of the personal pain of infertility," he says. "I remember eminent Cambridge scientists would tell us that our PhD supervisor was off his rocker." He also recalls Max Perutz and James Watson, both Nobel laureates at Cambridge, telling him it was irresponsible to interfere with the beginning of life. "Often people refused to speak to us in the tea room because they disapproved of what we were doing." Johnson stuck by Edwards though, finding him "inspirational and visionary".
Johnson(注: Robert Edwardsの最初の大学院生)は、60年代、70年代当時の"奇妙な雰囲気"を憶い出す。当時は、来る将来に予想される人口過剰の方が、不妊症より大きな社会問題に思えた。「当時は、不妊症に苦しむ個人の痛みは顧みられることはなかった」と彼は云う。「未だ覚えているが、当時ケンブリッジに居た著名なサイエンティスト達が、我々の博士論文の指導者(= Robert Edwards)は気が触れていると云い兼ねなかった」。彼は、また、当時ケンブリッジに居たノーベル賞受賞者であるMax Perutz やJames Watsonが、彼に「生命の起原に立ち入ることは無責任だ」と云ったことも覚えている。「人々は、往々にして、我々のしていることを承認出来ず、お茶飲み部屋で我々と言葉を交わすことを拒んでいた」 JohnsonはEdwardsの御陰で困った立場に置かれた訳だが、"インスピレーションと洞察力"を逆に身につけた。
当時のUK Medical Research Councilが、研究費の申請を不採択にした理由のひとつは、そのような操作に依って、重篤な畸形が生じるに違いない、と危惧したからであって、これは、科学的には、正しい判断だと思う。
当時、果たして、どれだけの基礎研究が為され、どれだけの安全性が確認された上で、ヒトに応用されたのか、それとも、取り敢えず、先に進んで 結果オーライであったのか、不勉強で良く知らないのであるが、事実として、今、現在、多くの人を救って居る、と云う意味では、やはり、ノーベル賞に値するのであろう。