中国の習近平国家主席は5月下旬から6月上旬にかけて、半月も公の場に姿を見せなかった。その後、訪中した外国首脳と会談して「健在」が確認されたものの、その外交活動も極めて変則的な形で行われ、不可解な印象を与えた。

 

■重要会議開いたが、公表せず?

 

 習主席は5月19~20日に河南省を視察した後、雲隠れ状態となった。国内の公式行事にメッセージを送ったり、外国首脳と電話で会談したりはしていたが、会談や会議出席は全くなし。習主席は毎月下旬、共産党総書記として、党指導部である中央政治局の定例会議を主宰するが、5月は同会議開催の発表がなかった。このため、習主席に何か異変があったのではないかとのうわさが流れた。

 5月末から6月初めにかけて、党中央の承認を要する中国政府の香港出先機関トップなどの閣僚級人事が発表された。また、6月10日には、汚職容疑で調べられていた元上海市高官について、党中央規律検査委員会が「政治局会議の審議を経て、党籍剥奪処分を決定した」と発表しており、5月下旬に政治局会議が開かれた可能性はある。もし開かれたとすると、会議での議論が公表できないような内容だったということだろう。

 6月4日になって、習主席とルカシェンコ・ベラルーシ大統領の会談が国営中央テレビなどで報じられ、習主席の姿が半月ぶりに映像で確認された。習主席がこれほど長く表に出てこないのは非常に珍しい。

 

■謎が多いベラルーシ大統領訪中

 

 プーチン・ロシア大統領の盟友であるルカシェンコ大統領の訪中は15回目。中国との関係がいかに緊密かが分かる。だが、今回の訪中は(1)訪問の事前発表がなかった。(2)大統領の北京到着を含め、訪問初日と2日目(2日と3日)の中国側報道が全くなかった。(3)党総書記でもある習主席を党中央弁公室主任として支える側近の蔡奇氏が首脳会談に同席しなかった。(4)大統領は習主席以外の指導者に会わなかった─と極めて異例の段取りだった。

 首脳会談は人民大会堂や釣魚台国賓館ではなく、主要指導者の公邸やオフィスがある中南海で行われた。中南海は天安門や故宮の西側にある中海と南海という湖周辺の一般人立ち入り禁止エリアで、敷地の北側を国務院(内閣)、南側(南海付近)を党中央が使用。これまで南海の小島にある重要施設に米国やロシアの大統領などが個別に招かれたことがある。この小島は、清朝末期に光緒帝が西太后によって軟禁された場所として有名だ。

 しかし、ベラルーシ側の公式報道によると、ルカシェンコ大統領が招かれたのはそこではなく、南海北方の別の施設。外国首脳の接待用とは思えない質素な部屋で、習主席は、そこが「自宅」だと紹介した。

 また、大統領訪中に同行したスノプコフ第1副首相は「これは実務訪問でも公式訪問でもない。家庭的で友好的な夕食会のための訪問である」と述べた。夕食会には中国側から彭麗媛夫人だけでなく、外国要人との会食では初めて習夫妻の娘も同席したという。中国側は、夕食会を開いたこと自体を公表していない。

 以上の経緯から、ルカシェンコ大統領が急きょ訪中し、中国側はこれを一応受け入れたものの、なるべく公式の色合いを薄めて対応したことが推定できる。まるで引退後の指導者のようだ。

 習主席が外国要人に会ったのだから、普通はこれで習主席の異変説が収まるところだが、ルカシェンコ大統領の訪問が変則的で、習主席に何か探りを入れるかのような行動だったことから、「友好国も習主席が政治的に大丈夫かどうか心配している」という印象を与える結果となった。

 習主席は、翌5日には2期目のトランプ米大統領と初の電話会談を行った。中国外務省の説明によると、米側の求めに応じたという。トランプ大統領は会談後、首脳相互訪問で合意したことを明らかにしたが、同省は「習主席がトランプ大統領の訪中を歓迎すると伝え、大統領は謝意を示した」と発表しただけで、習主席の訪米受諾には触れなかった。

 

■タカ派高官、また更迭

 

 前述のように、中国政府の香港出先機関である連絡弁公室(中連弁)主任の交代が5月30日、発表された。突然の異動で、関係者を驚かせた。退任したのは習主席好みのタカ派官僚だった。

 香港中連弁の前主任だった鄭雁雄氏(61)は広東省勤務時代、香港・外国メディアが信用できるのなら「ブタも木に登る」と公言し、その排外的政治姿勢で有名になった。習近平派の李希氏(現党中央規律検査委員会書記・政治局常務委員)が広東省トップ(省党委書記)だった頃、同省指導部の一員に抜てきされた。

 2020年に香港国家安全維持法(国安法)が制定されると、民主派の徹底的弾圧を使命とする香港国家安全維持公署の初代署長に起用され、23年には閣僚級の中連弁主任に昇進した。

 今年4月に更迭された商務省の国際貿易交渉代表(閣僚級)と同様、もともとは習派ではないが、習主席の強硬路線に合う人材として出世した幹部である。

 香港の消息筋は「主任交代発表の直前も、鄭氏はにぎやかな様子で、本人は交代を知らなかったようだ」と語った。

 6月4日の香港紙・星島日報によると、鄭氏の転出先は全国人民代表大会(全人代=国会)のある委員会の副主任(副委員長に相当)。事実とすれば、閣僚級定年(65歳)前に党・政府の第一線ポストから退く異例の人事で、完全に左遷である。習路線を体現する高官がまた一人、事実上消えることになる。

 前出の消息筋によれば、香港では、鄭氏ではなく、その上司である国務院香港マカオ事務弁公室の夏宝竜主任が退任するとの説が流れていたという。夏主任は習主席最側近の一人。習派の浙江省人脈の中で唯一の同省トップ経験者で、72歳の高齢ながら特別扱いで今も現役だ。このような大物が引退を強いられた場合、失脚・左遷が相次ぐ習派にとって、新たな大打撃となる。(2025年6月11日)

 

 習近平中国国家主席の早期退陣説がインターネット上などで錯綜(さくそう)している。習主席の威信が低下し、習派が劣勢になっている状況なので、これまでの同種のうわさよりも真実味のある観測として広がっているが、実際のところはどうなのか?

 

■有力長老が主導?

 

 中国共産党政権に批判的な在米中国人のウォッチャーらがこのところ、以下のような習主席退陣説を拡散している。

 一、習氏は改革・開放に事実上反対し、経済の極端な落ち込みなど重大な失政が続いたため、年内に開かれる見通しの次の党中央委員会総会(第20期4中総会)などで党総書記、中央軍事委主席、国家主席のすべて、もしくは一部を退任する。

 一、習氏が総書記を辞めた場合、後任の候補は丁薛祥筆頭副首相か、上海市党委の陳吉寧書記、胡春華前副首相。

 一、政局は既に有力長老たちが主導している。

 中国共産党政権で党のトップが失脚したケースはある。華国鋒主席、胡耀邦総書記、趙紫陽総書記の3人だ。ただ、この3人はいずれも、党内序列筆頭の地位にあったものの、最高権力者ではなかった。政治の実権を握っていたのは、鄧小平氏をはじめとする革命世代の有力長老グループだった。したがって、党主席でも総書記でも、長老たちの意に沿わなければ、引きずり降ろされた。

 これに対し、習主席は落ち目だとはいえ、名実ともに政権の最高指導者であることに変わりはない。習氏を総書記に推したといわれる江沢民元国家主席は既に死去。胡錦濤前国家主席は存命ながら、健康状態が悪く、政治活動ができる状態ではないとみられる。習政権OBで最も影響力があった李克強前首相も病気で他界している。

 新たなスーパー長老の代表格として、温家宝元首相の名前が挙がっている。現役時代から改革派として知られ、胡錦濤前主席の盟友だったからだろう。しかし、中国共産党政権の首相が派閥をつくり、引退後も大きな政治力を発揮した例はない。共産党を中心とする社会主義体制では、政府を率いる首相の政治的実権はあまり大きくないからだ。

 総書記候補の名前は過去のこの種のうわさと変わっていない。習主席失脚が前提であれば、習主席が重用してきた丁副首相や陳書記を後任にするのは、やはり無理だろう。李強首相ら他の習派有力者も同様だ。

 胡春華前副首相は共産主義青年団(共青団)の先輩である胡錦濤前主席の直系で、かつて共青団派(団派)のエースだったが、2022年の第20回党大会で党指導部の政治局から外されているので、候補にはならない。

 総書記は通常、党最高幹部の政治局常務委員(現在7人)から選ばれる。1989年の天安門事件で解任された趙紫陽総書記の後任は、長老グループの思惑から常務委員ではなかったが、政治局員(上海市党委書記)だった江沢民氏が抜てきされた。同事件直後の非常事態ですら政治局内で総書記を選んだのに、現状で24人もいる政治局の外で総書記候補を探す理由はないだろう。

 

■胡錦濤氏の復活説も

 

 その後、胡錦濤前主席の復活説まで出てきた。5月14日に政治局拡大会議が習主席の進退について議論し、胡前主席が改革・開放推進を訴える大演説をしたというのだ。政権トップ経験者を引っ張り出して、反習近平勢力に箔(はく)を付けようというわけだが、現実には、胡前主席が健康を回復したことを示す証拠は今のところ全くない。

 ネット上では、党中枢の事務を取り仕切る中央弁公庁による極左批判の通知とされる文書も出回っている。しかし、江沢民時代以降、イデオロギー上の左右を公式に論じることはなく、「極左」という言葉は重要文書で使われていない。また、習主席の側近中の側近である党中央書記局の蔡奇筆頭書記(幹事長に相当)が主任を兼ねる中央弁公庁が、事実上の習主席批判を意味する文書を出すとは思えない。

 以上のように、これまでで最も盛り上がった習主席早期退陣説も、反共もしくは反習の人たちの希望的観測にすぎないようだ。

 ただ、軍などで習派要人が次々と失脚したり左遷されたりしており、習主席の権力基盤が盤石でなくなっているのは事実。特に中国政局で大きな影響力を持つ軍の政治的大混乱を招いたのは、江・胡時代にはなかった失態である。

 第21回党大会が慣例通り開かれるとすれば、あと2年半。同大会に向け、習主席4選の可否がこれから本格的に話し合われることになる。習主席が党内政局で早く反転攻勢に出なければ、続投はだんだん難しくなっていくだろう。(2025年5月27日)

 

2日★ベラルーシ大統領訪中(~4日)─予告なし、中国側の到着報道なし◇許其亮前軍事委副主席が死去

3日 李首相、国貿促代表団と会見◇王外相、米大使と会談◇山西省長代理に盧東亮常務副省長(51)─最年少の地方政府トップ

4日★習主席、ベラルーシ大統領と会談─蔡奇氏、同席せず/他の指導者との会談なし◇星島─前中連弁主任、全人代委員会副主任に◇米大統領─「習主席は強硬で、取引が極めて難しい」

5日★米中首脳電話会談─トランプ大統領2期目で初◇米大統領─「レアアース問題で進展/習主席と相互訪問で合意」◇中央テレビ─インドネシア、「殲10」の購入検討

6日 習主席、パンチェン・ラマと会見◇中加首相電話会談◇ロイター通信─中国、米自動車3社へのレアアース輸出を暫定許可◇香港の黄之鋒氏、国安法違反の罪で新たに起訴

7日★太平洋上空で中国空母艦載機が自衛隊機に異常接近(8日も)─防衛省、11日に発表◇中国空母、南鳥島沖の日本EEZを航行◇中国商務省─レアアース輸出申請を既に一定数承認

9日★米中閣僚級貿易協議(~10日、ロンドン)─「コンセンサス履行の枠組み」で合意◇★5月の中国対米輸出、前年同月比34.5%減◇星島─人民日報の副社長と秘書長、公式サイトの指導者紹介コーナーから消える

10日 中韓首脳電話会談◇中国海軍─空母2隻が西太平洋で訓練

11日 中国外務省─アフリカ諸国製品の関税ゼロに◇WSJ─米自動車メーカーへのレアアース輸出許可は6カ月の期限付き◇米財務長官─高性能半導体の対中輸出規制、レアアースの見返りに緩和せず

12日 中央規律委─国家鉄道局長を調査◇中国在香港国安公署、現地警察と初の合同捜査

13日★陳雲氏生誕120年座談会─習主席、人事で「五湖四海」強調

16日 SIPRI─中国の核弾頭数、1年で100発増えて600発に

17日 中国・中央アジア首脳会議─「永久善隣友好協力条約」署名

18日★中国資本市場学会発足式に胡海峰民政次官が参加

19日★中ロ首脳電話会談◇王公安相、米大使と会談◇NZ、クック諸島への援助停止

20日 中国NZ首脳会談─王外相だけ同席◇丁副首相、ロシア大統領と会談◇中国税関総署─5月のレアアース磁石の輸出量、前月比52.8%減

23日 中国シンガポール首脳会談

24日 9月軍事パレード発表◇中国イラン外相電話会談

25日★SCMP─習主席、BRICS首脳会議を初めて欠席へ◇SCO国防相会議(~26日、青島)─インド、共同文書署名を拒否/イランも参加

26日 北京で車が多数の児童はねる─警察の詳報なし

27日★国家中央軍事委の苗華委員解任◇★海軍参謀長、全人代代表罷免◇前中連弁主任、全人代教育委副主任に◇中国商務省─「規制物資の輸出申請を法律に沿って審査する。米側は一連の対中規制を取り消す」

29日★税関総署─日本水産物の輸入再開(福島など10都県除く)◇香港・社民連、解散を発表

30日★党政治局会議─「党中央政策決定議事調整機構工作条例」審議◇中国共産党員1億人超え(2025年末時点)◇王外相、ベルギー・独・仏訪問(~7月6日)

 

 中国共産党政権と友好関係を保ってきたシンガポールの前首相夫人がインターネット上で習近平国家主席を批判する姿勢を見せて、物議を醸している。習主席に会いたくて北京詣でを続ける日本の政治家らと正反対の動きだが、その背景には習主席の威信低下という中国政局の大きな変化があるようだ。

 

■シンガポール前首相夫人で経済界要人

 

 話題になっているのはリー・シェンロン・シンガポール上級相(前首相)夫人のホー・チン氏。政府系投資会社テマセク・ホールディングスの最高経営責任者(CEO)を長く務め、中国に対する巨額の投資を実行した。今も、同社傘下で社会貢献活動を担うテマセク・トラスト会長の座にある。

 ホー氏は4月21日、習主席の東南アジア3カ国歴訪に関するポーランド人ブロガーの論評(同18日付)を自分のフェイスブックに転載した。その論評は対外強硬派の習主席を「ギャング」「マフィアのボス」と形容し、次のように批判した。

 一、習主席がこれまで圧迫してきた東南アジアの歓心を買おうとしているのは滑稽に見え、中国の置かれた状況がいかに悪いかを示している。

 一、中国は国際法に反して南シナ海の大半の領有権を主張し、軍事施設を造り、海警により他国船舶の航行を妨げている。

 一、中国は多くの外国企業の自国進出を禁じているほか、世界貿易機関(WTO)加盟に当たって、国の企業補助金や知的財産権法規、法的公正、貿易の法的障壁廃止などに関して確約したことを守ってこなかった。それが今は「保護主義は悪い」と言っている。

 一、中国の「一帯一路」は、参加国を債務のわなに陥れたり、ダンピング輸出を促進したりするもので、実際には役に立っていない。

 一、習主席は欧州にも連携を呼び掛け始めたが、中国はウクライナ戦争でロシアを支持しており、欧州に対する態度のひどさは米国と変わらない。

 要するに、習主席は他国に対して横暴に振る舞ってきたのに、自分が苦しくなったから協力を求めるのは身勝手過ぎるという厳しい意見だ。ホー氏はわざわざ、これを紹介したので、賛同したということだろう。親中派の要人が習主席批判に公然と加担したことは大きな反響を呼んだが、ホー氏は何の釈明もしていない。

 

■中国名門大学の顧問

 

 ホー氏が北京の清華大学の経済管理学院と密接な関係にあることが、この件をより複雑にしている。

 同学院が現在公開している資料(昨年10月22日付)によると、ホー氏は同学院の顧問委員会で代表的な米中友好人士であるポールソン元財務長官らと共に名誉委員を務めている。かつては委員だったが、既にテマセク・ホールディングスCEOの後任に譲っている。

 この委員会は、米アップルのクック最高経営責任者(CEO)が主席で、中国の馬雲(ジャック・マー)氏や米国のイーロン・マスク氏ら多くの大物実業家が委員として参加している。

 清華大は朱鎔基元首相、胡錦濤前国家主席、習主席らを輩出した名門校。その経済管理学院は、初代院長だった朱元首相が「創始名誉主席」、習政権で共産党中央規律検査委員会書記や国家副主席を歴任した王岐山氏が名誉主席の座にあることから、特に有名だ。

 ホー氏は長年、シンガポール経済界の有力者として同学院を支援してきたので、朱、王の両氏と旧知の間柄であると思われる。昨年後半から習派が劣勢になっている政局の変化には有力長老たちの意向が影響しているとの説が流れており、ホー氏の行動はそれに関連している可能性もある。

 また、ホー氏は4月3日にも、香港の大富豪として知られる実業家、李嘉誠氏と共にシンガポール医療支援の発表会を開いて、注目された(李氏はオンライン参加)。3月中旬以降、李氏の企業がパナマ運河港湾事業を米国企業に売却したことで中国の香港担当部門から批判されている中で、李氏の政治的健在アピールに手を貸した形となった。同部門の責任者は、香港民主派を徹底的に弾圧している習主席側近の夏宝竜氏である。

 これらの動きから、ホー氏は幅広い中国人脈から得た情報に基づいて、「習主席や習派と対立しても、テマセクやシンガポールに悪影響はない」「反習派に加担した方が今後、特になる」と考えたように見える。

 習主席に近い高官が次々と失脚したり左遷されたりして、習派が落ち目なのは事実。しかし、習氏の党総書記・国家主席としての任期(3期目)はまだ2年半~3年もあり、今期で引退することが確定したわけでもない。ホー氏は自分の判断によほど自身があるのだろう。

 

■習主席の実権縮小か

 

 習主席の政権トップとしての実権が縮小しているのではないかと思わせる現象は4月も続いた。

 近隣外交をテーマとする中央周辺工作会議と大使などの外国駐在使節工作会議が同月8~10日に開かれた。2023年末に中央外事工作会議と外国駐在使節工作会議が開かれたのと同じ段取りだったが、中央周辺工作会議の公式報道には、中央外事工作会議で何度も強調された「習近平外交思想」が全く出てこなかった。また、前回と違って、習主席は外国駐在使節工作会議に出席した大使らに会わなかった。米中貿易戦争などで対外環境が厳しい時期なのに、不可解なことだ。

 21日には中国とインドネシアが北京で外相・国防相「2プラス2」の協議を初めて行った。王毅外相はその場で、両国首脳が特に関心を寄せて創設された対話の枠組みだと述べたが、習主席はインドネシア側のスギオノ外相、シャフリ国防相と個別に会見せず、外相は韓正国家副主席、国防相は中央軍事委の張又侠筆頭副主席(軍人のトップ)が会った。東南アジアの大国への対応としては礼を欠いたと言わざるを得ない。

 また、24日の全国党委員会・政府秘書長会議は、前回(23年秋)伝達された習主席の「重要指示」がなかった。秘書長は日本の官庁の官房長に当たる要職なので、党の最高指導者として一言あってしかるべきところだった。

 なお、全国人民代表大会(全人代=国会)常務委員会で30日、規律違反の疑いで昨年11月に停職となった中央軍事委政治工作部の苗華主任について、全人代代表(国会議員)罷免が発表された。習主席の代理人として軍内で権勢を振るっていたが、これで失脚が確定した。

 一方、先に商務省の国際貿易交渉代表(閣僚級)を退任した王受文氏は同じ30日、党指導下の経済団体である中華全国工商業連合会の指導部メンバーに転じたことが公表された。習主席好みの対外強硬派交渉官だったが、トランプ米大統領が対中貿易戦争で攻勢に出たタイミングで異動。党中央の要職に横滑りするという説もあったものの、実際には第一線から外されて、完全に左遷された。習主席の戦狼外交を否定するかのような人事となった。

 中国政府はトランプ関税に対して徹底抗戦を叫び、交渉を拒絶していたのに、5月に入ると、「米側の態度を評価中」と態度を軟化させ、さらに、習主席側近の何立峰副首相がスイスでべセント米財務長官との会談に応じて、腰砕けとなった。(2025年5月11日)

 

 米中貿易戦争について「いずれ選挙がある米国より独裁体制の中国の方が世論を気にしなくてよいので有利」との見方があるが、本当にそうなのか。実際には、習近平政権は経済失速で主流派(習派)の勢力が衰えており、トランプ関税への対応を誤って国内の不況がさらに悪化すれば、政局の新たな不安定要素となる恐れがある。

 

■閣僚級交渉官が突然交代

 

 中国商務省の国際貿易交渉代表(閣僚級)が交代した。相互関税などでトランプ氏が新たな貿易戦争を仕掛けてきた時期の異動で、意外な人事だ。

 4月16日に発表された人事で同代表に起用されたのは、世界貿易機関(WTO)大使だった李成鋼氏。次官級からの昇進となった。

 一方、前任者の王受文氏の転出先は未公表。北京の消息筋はロイター通信に対し、王氏はタフな交渉官で、米当局者と衝突してきたと指摘した上で、ブルドッグに例えた。習近平国家主席が好きな戦狼外交官のようなタイプなのだろう。

 中国側はトランプ関税に猛反発し、次々と報復措置を取っているが、その一方で、強硬派の大物交渉官を外したわけだ。香港紙サウス・チャイナ・モーニング・ポストも、この交代は米国との貿易戦争終結に向けた突破口を中国側が探っていることを示すのかもしれないと指摘した。

 王氏について、同17日の香港紙・星島日報は、共産党中央財経委員会弁公室の常務副主任(閣僚級)への転任説を報じた。中央財経委は習主席が率いる経済政策の司令塔で、経済官庁の上位にある。弁公室はその事務局で、主任は習主席側近の何立峰副首相が務める。何氏は多くのポストを兼ねているので、常務副主任は事実上、中央財経委の事務を取り仕切る要職。この報道が事実とすれば、王氏は左遷されたわけではなく、むしろ実質的に昇進することになる。

 

■習主席側近の元部下左遷か

 

 一方、同紙によると、中央財経委弁公室常務副主任の韓文秀氏は中華全国供銷合作総社の理事会主任に転じるとの説が流れている。同総社は公的な農業支援組織で、理事会主任は閣僚級ながら、中央財経委の運営を担う要職からの異動であれば、明らかに左遷である。

 韓氏は、習主席の経済ブレーンとして知られた劉鶴・前副首相と同じく旧国家計画委(現国家発展改革委)出身。劉氏が副首相兼中央財経委弁公室主任として、国内経済運営や対米貿易交渉で中心的役割を担っていた2018年、同弁公室副主任に起用され、すぐに常務副主任に昇格した。経済失速の主因となった極左的な民営企業バッシングやゼロコロナ政策を推し進めた「下手人」の一人だったわけだ。

 このような異動は、習主席側近の片腕を標的にしたという点で、党中央組織部長から党中央統一戦線工作部長に事実上左遷された李幹傑氏のケースと似ている。4月9日配信の本欄「中国党指導部で衝撃人事◇習近平派の勢力減退か」で詳述したように、李氏は習主席の信頼が厚い陳希・前中央組織部長に抜てきされたといわれる。

 劉前副首相を巡っては、英紙フィナンシャル・タイムズが4月6日、息子が金融取引に絡む不正の疑いで当局に調べられていると報じた。調査は遅くとも半年前から行われており、既に拘束されたとの説もあるという。

 息子は習政権1期目に自ら投資会社を創業した。父が中央財経指導小組(中央財経委の前身)弁公室主任として経済政策で大きな影響力を発揮していた時期だ。高官の子弟が親の七光りをビジネスに利用して稼ぎまくるという中国でよくあるパターンだが、この種の手法は肝心の親の政治的立場が悪くなると、状況が暗転する。

 中国の反腐敗闘争で大物を狙うときは、まずその親族、部下など周辺人物の疑惑にメスを入れることが多い。警察や検察よりも強力な権限を持つ党規律検査委の調査から逃れるのは全く不可能。証拠があろうがなかろうが、政治的ににらまれれば、「クロ」である。調査対象になっただけで自殺する官僚・軍人もいる。調査や処分が大物の周辺にとどまったとしても、大物本人やその所属派閥は大打撃を受ける。

 実際に劉氏の息子が反腐敗の標的になり、劉氏が重用していた中央財経委幹部も更迭されたとすれば、習派たたきが政権の経済部門にも広がってきたことになる。トランプ関税対応での失策は粛清や左遷の新たな口実になりかねない。

 国内経済は改革・開放時代になってから最悪の状態で、政権主流派が落ち目のところにトランプ氏のハードパンチ。「選挙がないから大丈夫」などとのんきなことは言っていられないだろう。

 

■「新習近平派」も粛清

 

 最近の反腐敗では、天津市関係の高官が相次いで粛清されたことも注目される。3月から4月にかけて、同市党委の組織部長、副秘書長経験者、副書記・秘書長経験者(現山西省長=閣僚級)の3人が党規律検査委の調べを受けていることがそれぞれ公表された。いずれも、全国人民代表大会(全人代=国会)の李鴻忠常務副委員長が天津市党委書記だった頃の部下である。

 李氏は江沢民派出身。習政権2期目から党中央指導部の政治局に加わっており、その地位は閣僚よりはるかに高い。だが、習派がようやく反撃に転じて、非主流派の政治局員に矛先を向けたのかというと、実はそうではない。

 習政権が発足して、江派の力が弱まると、李氏は習主席に対する忠誠心を盛んにアピール。「忠誠は絶対的でなければ、絶対に忠誠ではない」という名言(?)で知られた。このため、政権中枢から駆逐された共産主義青年団(共青団)出身者たちとは対照的に、習政権下で2期続けて政治局員に選ばれた。香港メディアから「カメレオン」と呼ばれたこともある。

 つまり、李氏は江派からくら替えした「新習近平派」なのだ。前述の劉鶴・前副首相や陳希・前中央組織部長、昨年11月に停職となった軍政治工作部の苗華主任はもともと習主席の側近だったが、習派への圧力は外様からの変節組にまで及んでいるようだ。(2025年4月24日)

 

1日 玉淵譚天─米国が関税交渉のため、多くのチャンネルを通じて中国に接触してきた

2日 中国商務省報道官─「米側の交渉希望を評価中」◇WSJ─中国、フェンタニル問題で公安相訪米検討

3日 中国海警ヘリが日本領空侵入

7日★習主席訪ロ(~10日)◇中国人民銀─金利と預金準備率引き下げ

8日 中ロ共同声明、日本に「軍国主義との決別」要求

9日★何副首相、スイス大統領との会談で習主席に触れず─親書も李首相から◇★中国の4月対米輸出21%減◇米大統領、対中関税80%への引き下げ示唆◇中国・ミャンマー首脳会談─クーデター後初めて◇ロ大統領、「軍国主義日本」打倒で中国に謝意

10日★米中閣僚級貿易協議(~11日、ジュネーブ)

11日 董国防相が仏独歴訪(~17日)

12日★米中、関税問題で共同声明◇中仏国防相会談◇中国国家安全白書発表

13日★星島─広西自治区主席を調査◇中国・中南米閣僚級会議◇董国防相、独で国連総長と会談◇上海市法院、50代日本人男性をスパイと認定して懲役12年の判決(2021年12月に同市で拘束、23年8月起訴)◇日本外務省─中国が東シナ海日中中間線の中国側海域で新たな構造物1基を設置する動きを確認

15日 国務院が国内大循環強化工作推進会

16日★中央規律委─広西自治区主席を調査

17日 台湾の稼働原発ゼロに

19日 習主席が河南省視察(~20日)─蔡奇氏同行せず

20日★台湾総統、就任1年会見で中国に直接触れず◇中パ外相会談◇FT─董国防相、アジア安保会議欠席へ

21日 中央規律委─四川省公安庁長兼副省長を調査

22日 中仏首脳電話会談

23日 中独首脳電話会談◇董国防相、タイ国軍最高司令官と会談

24日★李首相はインドネシア・マレーシア訪問◇関中革命記念館オープン─高官現れず

27日 初のASEAN・GCC・中国首脳会議

28日 第3回中国・太平洋島国外相会合(~29日)◇米政府─中国共産党とつながりのある中国人留学生のビザ取り消し

29日 中央規律委─元市場監督総局党組書記(政協常務委員)を調査◇台弁副主任に日本通◇林官房長官─日本EEZ内の中国ブイ、すべて撤去

30日★アジア安保会議─中国、国防相派遣せず◇香港中連弁主任が交代◇国際調停院、香港で署名式◇米大統領─関税問題で「中国人は合意を破った」◇林官房長官─日本水産物の輸出再開に向けた手続きで中国と合意◇中国税関─日本水産物問題で「実質的進展」

31日★党政治局会議の発表なし◇★米国防長官─中国の台湾侵攻は「壊滅的結果招く」(アジア安保会議)

 

 中国共産党指導部で人事を担当する中央組織部長と中央統一戦線(統戦)工作部長が突然、入れ替わった。党内の常識に反する衝撃的な人事異動で、習近平国家主席派とみられる中央組織部長にとっては事実上の降格。習派の勢力が衰え始めたことを示すとの見方もある。

■胡錦濤氏の下で昇進


 4月2日の新華社電などによると、中央組織部長だった李幹傑氏が中央統戦部長として、中央統戦部長だった石泰峰氏が中央組織部長として、それぞれ同日の公式行事に参加した。2人はいずれも党指導部メンバーの政治局員。企業で言えば、取締役に当たる。3月31日の政治局会議で入れ替え人事が決まったようだ。
 そもそも、政治局員レベルの異動は、5年に1回開かれる党大会以外では非常に少ない。党中央主要部門のトップ入れ替えとなると、前例がない。
 李氏は60歳で、原子力安全関係のエンジニア出身。習主席の清華大学人脈に連なり、習主席の信頼が特に厚い陳希・前中央組織部長の引きで山東省党委書記から同部長に抜てきされたといわれる。数少ない50代での政治局入りだった。
 一方、石氏は幹部養成機関である中央党校教官出身の68歳。習主席が国家副主席と党中央書記局筆頭書記(幹事長に相当)、中央党校校長を兼ねていた頃、同校副校長として3年仕えたことから、習主席に近いという説がある。
 しかし、実際には、石氏が同校幹部として最も長く仕えた校長は、国家副主席時代の胡錦濤氏。10年も胡校長の下で働き、副校長に昇進。44歳という若さでの抜てきだった。さらに、江蘇省党委の常務委員に転じ、官僚として出世するコースに乗った時期の中央組織部長は、当時の胡国家主席の側近、李源潮氏(元江蘇省党委書記)だった。
 興味深いのは、石氏が中央党校と江蘇省党委の両方で組織部長を担当したことだ。その組織運営能力が胡主席らから評価されていたことが分かる。今回の中央組織部長起用も、同じ評価に基づく人事とみられる。
 石氏は李克強前首相(故人)と同じく改革・開放の初期に北京大学で法律を学んだ。年が一つしか違わない同窓生という関係だ。胡錦濤、李源潮、李克強の3氏はいずれも共産主義青年団(共青団)出身で、いわゆる団派の主要人物。このため、石氏は団派に近いと考えるのが自然だろう。
 江蘇省長、寧夏回族自治区党委書記、内モンゴル自治区党委書記と閣僚級ポストを歴任したものの、2022年秋の第20回党大会直前に公式シンクタンクの社会科学院長へ異動。閣僚級の定年(65歳)に達して、政治の第一線から退いた形だったが、どういうわけか、統戦部長・政治局員として党指導部に入った。
 中央党校時代に仕えた習主席や江蘇省長時代の上司(同省党委書記)だった習派の李強首相との関係も良かったのもしれない。寧夏と内モンゴルでの強硬な少数民族政策が評価されたともいわれるが、いずれもしても、例外的な非主流派枠での指導部入りという印象が強かった。

■党中央の最重要部門


 中央組織部は、党指導部の事務を取り仕切る中央弁公庁と並ぶ党の最重要部門。党組織だけでなく、政府機関や国有大企業などの人事権を持つ。その部長は政治局員級ポストで、普通は政権主流派が占める。歴代部長は企業の代表取締役に相当する政治局常務委員に昇格したケースが多い。現政治局常務委ナンバー3で全国人民代表大会(全人代=国会)常務委員長の趙楽際氏も同部長経験者だ。
 これに対し、中央統戦部は共産党以外の勢力(台湾・香港を含む)取り込みという重要な役割を担うものの、歴代の部長は政治局員ではないケースが多かった。その後、政治局常務委員になった例は全くない。
 統戦部長が筆頭副主席を兼ねる国政諮問機関の人民政治協商会議(政協)は、格が高いが、政治の実権も立法権もない。現政協指導部では、政権中枢から追われた胡春華前副首相ら団派の数人が余生を過ごしている。
 なお、入れ替え人事ではないが、胡主席時代に中央弁公庁の令計画主任が統戦部長に異動。不正疑惑による事実上の左遷といわれ、令氏はその後、収賄などの罪で無期懲役の刑となった。
 つまり、同じ中央の部長といっても、組織部長の実権は統戦部長よりはるかに大きく、さらなる昇進の可能性も高い。このため、今回のように主流派の組織部長と非主流派の統戦部長が入れ替わる人事は衝撃的であり、異例と言うより異変と言うべきだろう。
 李幹傑氏はこれまで、次期政治局常務委員の候補とみられてきたが、今回の人事で常務委入りの可能性は非常に小さくなった。
 3期目の習政権では昨年11月、習主席の代理人として軍高官の人事を牛耳っていた中央軍事委政治工作部の苗華主任(中央軍事委員)が規律違反の疑いで停職となった。習派は、半年の間に党と軍両方の人事担当ポストを失ったことになる。

■中央軍事委の異変


 習主席が率いる中央軍事委でナンバー3(制服組序列2位)の地位にある何衛東副主席(政治局員)も全人代の第14期第3回会議(3月5~11日)の後、公の場に姿を見せず、4月2日に北京郊外で行われた同市と軍などの植樹活動にも参加しなかった。この活動は春恒例の行事で、中央軍事委員の軍人は全員参加してきた。
 しかし、今回は停職中の苗主任だけでなく、何副主席も現れなかった。2人はいずれも習派の福建閥に属する。福建閥以外の張又侠筆頭副主席(制服組トップ、政治局員)ら他の中央軍事委員3人は正常に活動している。
 国防省報道官は3月27日の記者会見で何副主席の失脚説について問われたが、「その方面の情報はなく、状況は分からない」と答え、否定しなかった。昨年11月の記者会見で董軍国防相が不正疑惑で調べられているという報道を「完全な捏造(ねつぞう)だ」と明確に否定したのとは全く異なる対応だ。
 これらの公式情報から、何副主席は反腐敗で党規律検査委の取り調べを受けている可能性がある。腐敗調査の対象になっても、すぐに拘束されるとは限らないが、行動は制限される。苗主任に加えて、何副主席も失脚すれば、習主席の軍に対する掌握力がさらに弱まることになる。権力基盤への影響は避けられないだろう。
 また、カンボジアのリアム海軍基地で4月5日、中国の援助で進められていた拡張工事完了と両国軍の合同訓練施設オープンの式典が行われ、フン・マネット首相が出席したが、中国の代表は連合参謀部の副参謀長(参謀次長)。本来なら、軍事外交を担う董国防相か、より高位の中央軍事委員が出るべき行事なのに、なぜか誰も参加しなかった。
 習主席が3月20日、昆明(雲南省)駐屯部隊幹部らと会見した時も、これまでの地方部隊視察と違って、中央軍事委副主席はどちらも同行しなかった。他の中央軍事委員の随行もなく、中央軍事委主席として異例の「一人旅」となった。
 また、同31日の政治局会議で行われた今期(第20期)党中央の規律状況巡視に関する第4回総合報告の公式報道では、第1~3回の報告時にあった「習近平同志を核心とする党中央」という表現が消えた。会議で誰も「習核心」を口にしなかったのか、それとも、会議で出たのに公式報道で伏せたのかは不明だが、習主席のワンマン指導者としての権威が弱まっていることを感じさせる現象である。(2025年4月7日)