中国軍が政治工作担当幹部から出る「害毒」の全面的な粛清キャンペーンを開始した。全軍政治工作部門のトップだった習近平国家主席(中央軍事委員会主席)側近を正式に断罪する準備を進めているようだ。
■「党への忠誠」強調
7月21日の中国軍機関紙・解放軍報によると、中央軍事委は政治幹部のイメージや威信をつくり直すため「流れ出る害毒の影響を全面的に粛清する」規定を伝達した。具体的には(1)党・軍の栄光ある伝統と優れた仕事・生活のスタイルを回復する(2)政治幹部の政治的忠誠を強化する(3)党性(党員としての正しい在り方)の原則を守る─と同紙は解説。軍内で良き伝統が廃れ、忠誠心が薄れているという厳しい認識を示した。
社会主義体制下の中国軍は「共産党の軍隊」であり、各部隊には作戦行動の指揮官と並んで、党の代表である政治工作責任者(政治委員など)が置かれている。政治工作は人事などの組織工作やイデオロギーなどの思想工作を含み、責任者の権限は大きい。
全軍の政治工作を取り仕切るのは中央軍事委の政治工作部。元福建省長の習主席は1期目の2017年、自分の福建省人脈に連なる苗華海軍政治委員を軍政治工作部主任に抜てきし、露骨な派閥人事により軍内で習派の勢力を拡大した。
ところが、習主席の代理人として権勢を振るっていた苗主任は昨年11月、規律違反の疑いを理由に停職処分となった。その後、苗氏に近い現役高官や有力OBが相次いで失脚。今年6月27日には、苗氏の中央軍事委員解任も発表された。
その後、解放軍報は7月21日から連日、政治幹部粛清に関する大量の論文を掲載。軍のトップである習主席への言及はあるものの、重点は「党に対する忠誠」に置かれた。個人独裁志向の習主席が嫌う「集団指導」の強化を訴える論文もあった。
人事政策で「津々浦々」から人材を起用する方針の重要性も指摘された。特定勢力の極端な優遇は良くないということだ。この「津々浦々」原則については、習主席も6月14日のある会合で行った演説で触れた。習派偏重の身びいき人事は弊害があまりに大きく、修正せざるを得ない雰囲気になっているのだろう。
これほど大々的な軍内粛清は習政権1期目の郭伯雄、徐才厚両氏(いずれも元中央軍事委副主席)批判以降初めて。2人とも既に引退していたが、汚職を理由に党籍を剥奪され、現役時代に制服組トップだった郭氏は無期懲役で投獄。政治工作部門出身の徐氏は司法処分の手続き中に病死した。
この頃の粛清は主に郭氏ら江沢民元国家主席派(政権非主流派)の残党が対象で、習主席の権力強化のためだった。これに対し、今回は主流派の現役高官を次々と打倒しており、習主席の権力基盤を揺るがしている。
■異例の上将昇進なし
7月31日には、国防省が建軍98周年を祝うレセプションを北京の人民大会堂で開催した。慣例で正副主席以外の中央軍事委員が参加するが、苗氏は既に解任され、後任は未定。苗氏の近いといわれる董軍国防相はいまだに中央軍事委入りできないので、中央軍事委員の参加者はわずか2人(軍連合参謀部参謀長と軍党規律検査委書記)に減った。
国営中央テレビのニュースを見る限り、上将(大将に相当)クラスの出席者が昨年よりかなり減少したように見え、過去1年間の軍内粛清のすさまじさが分かる会合となった。
なお、同22日の公式報道で、治安維持担当の軍隊である人民武装警察(武警)の王春寧司令官の退任が判明。武警副司令官だった曹均章氏が21日の治安関係会議に「司令官代理」として出席した。
王氏は苗氏の人脈に属するとみられている。昨年末から公の場に姿を見せず、失脚説が流れていた。一方、曹氏は、軍内の習派たたきを主導しているといわれる中央軍事委の張又侠副主席(制服組トップ)と同じ旧第13集団軍(四川省)出身である。
中国軍では毎年、建軍節(8月1日)前に上将昇進式を行ってきたが、今年1~7月は昇進者ゼロ。多くの上将が失脚しているのに、不可思議なことだ。失脚者が正式に処罰され、階級を取り消されてから、補充するのだろうか。
■習主席、パキスタン軍首脳に会わず
軍関係では、建軍節直前の7月下旬にパキスタン陸軍のムニール参謀長という重要な来客もあった。パキスタンは中国にとって準同盟国で、陸軍参謀長は軍部全体のトップ。政権の実力者でもある。しかも、ムニール参謀長は先のインド軍との衝突で功績があったとして、同国史上2人目の元帥に昇格したばかりだ。
米国もムニール参謀長を非常に重視しており、5月にルビオ国務長官が印パ双方の外相に電話で事態収拾を呼び掛けた際、同参謀長とも別途協議。6月に同参謀長が訪米すると、トランプ大統領が異例の会談に応じた。
中国としても当然、習主席が会談すると思われたが、実際には韓正国家副主席、王毅外相、中央軍事委の張副主席が個別に会った。韓副主席が習主席からパキスタン大統領と首相へのあいさつを伝え、王外相と張副主席がそれぞれ元帥昇進に祝意を表した。
ムニール参謀長が韓副主席らと会談した7月24、25の両日、習主席は北京にいたことが公式報道で確認されている。過去には自ら会っていたパキスタン陸軍参謀長に、なぜ今回は会わなかったのかは謎である。
4月に中国とインドネシアが北京で初の「2プラス2」協議を行った時も、習主席は顔を出さず、インドネシア側のスギオノ外相は韓副主席、シャフリ国防相は張副主席が個別に会談した。
習主席は外国政府首脳とは普通に会っているのに、軍事関係になると、出てこない。あたかも軍事指導者としての役割を縮小しているかのようだ。もし習主席が「泣いて馬謖(ばしょく)を斬る」パターンで、軍内の粛清を断行しているのであれば、ここは軍事指導者として存在を誇示すべきところだが、現実は正反対の動きになっている。
■10月の4中総会で決着か
党指導部である政治局は7月30日、会議を開き、今年の最重要会議である第20期中央委員会第4回総会(4中総会)を10月に開くことを決定した。香港紙・星島日報は7月23日、この政治局会議で苗氏の「罪状」が公表されて、党籍剥奪と上将の階級取り消しが決まる可能性が大きいと報じたが、実際には苗氏に関する発表はなかった。星島は翌31日、苗氏の問題は4中総会で処理されるだろうと予測した。その場合、事前の政治局会議で処分が決まり、4中総会がそれを追認するとみられる。
星島のような香港紙は共産党系メディアではないが、同党政権内に独自のパイプを持ち、たびたび高官人事を正確に報じているので、先の政治局会議で苗氏を最終的に断罪する動きは実際にあったと思われる。
苗氏はこれまでに処罰された軍高官と違って、習主席の側近中の側近なので、その最終的処分を巡り、党内・軍内で複雑な駆け引きが続いているのかもしれないが、既に公職解任が発表されている以上、決着を今秋からさらに先送りするのは難しいだろう。
軍内福建閥で最も地位が高い中央軍事委の何衛東副主席も、苗氏の問題に連座して処分される可能性がある。実際にそうなれば、改革・開放時代で軍人の中央軍事委副主席が失脚するのは初めて。また、習派の党政治局員が失脚する初のケースとなる。(2025年8月4日)