習近平中国国家主席の彭麗媛夫人が政治的な存在感を増している。習主席は3期目に入る際の指導部人事で非主流派を徹底的に排除したにもかかわらず、自分が抜てきした外相や国防相を更迭せざるを得なくなるなど、政局は不安定。このため、個人独裁体制を強化するため、最も信頼できる身内の要職起用を考えているではないかとの見方が出ている。

 

■異例の地方視察

 

 最近注目されたのは彭氏の地方視察。国家衛生健康委員会が3月24日、公式ウェブサイトで、彭氏が世界保健機関(WHO)結核・エイズ防止親善大使として湖南省の省都・長沙市を訪れたことを公表し、その扱いが共産党・国家機関の指導者のようだったからだ。

 彭氏はファーストレディーとして、これまでも単独でイベントに出席したり、外国要人と会見したりしてきたが、今回は何の行事も会見もない地方視察。公式発表文では、指導者の視察で使われる「調査研究」という言葉が使われた。

 また、国家疾病予防対策局長(国家衛生健康委副主任兼任)や湖南省常務副省長(副知事に相当)といった高官が同行して、それが公表されたのも珍しい。いずれも次官級の幹部なので、彭氏は閣僚級以上の待遇を受けたことになる。

 彭氏は同28日、ドイツから来た中国語合唱団と北京で会見した。ファーストレディーとして外国ゲストを歓迎したのだが、これを報じた国営通信社・新華社の記事はまず、彭氏が合唱団側から「温かい歓迎を受けた」と紹介し、指導者視察のような記述だった。

 昨年12月、李克強前首相の告別式に彭氏が習主席と共に参列した時は、李克強氏が江沢民元国家主席や李鵬元首相と異なり、習指導部の一員で、彭氏自身もよく知っていたからか、ぐらいにしか思わなかったが、今振り返ってみると、政治的プレゼンス拡大の一環だったのかもしれない。

 李鵬氏の告別式(2019年7月)は参列・花輪ともに習主席だけ、江氏の告別式(2022年12月)は習主席だけが出たが、花輪は夫婦連名になった。そして、李克強氏の告別式は夫婦で参列しており、彭氏の格が徐々に上がっているのは間違いない。

 

■毛沢東夫人の前例

 

 人民解放軍所属の大物歌手だった彭氏は習主席より9歳若い61歳。ファーストレディーになる前から、中華全国青年連合会(全国青連)副主席、中国音楽家協会副主席、解放軍総政治部歌舞団団長、解放軍芸術学院長など多くの公職を歴任し、軍内では少将クラスの高官だった。共産党系の主要団体である文学芸術界連合会(文連)副主席は今も務めている。若い頃の知名度は、習氏より彭氏の方がはるかに高かった。

 以上のような経緯から、インターネット上で在外中国人らが彭氏について「近く要職に就く」「習主席の後継者になるかもしれない」などという臆測を流布。1989年の中国民主化運動リーダーで、天安門事件後に海外へ逃れた王丹氏も、長沙を視察した彭氏の待遇は「官僚のごますり」だと指摘する一方で、台湾やシンガポールを含む華人政治文化の伝統などを理由に「彭氏後継の可能性はある」との見方を示している。

 彭氏の具体的な職務としては、党中枢の事務を取り仕切る中央弁公庁主任が挙がっている。党総書記である習氏を直接支えるポストだからだろう。今は、幹事長に当たる党中央書記局の蔡奇筆頭書記が兼務しているが、これは異例の体制で、同主任の仕事を習主席に近い誰かに任せてもおかしくはない。

 このようなうわさが広がったのは、習主席が模範とする毛沢東が文化大革命(66~76年)で江青夫人を重用した前例があるからだろう。毛と同じ個人独裁志向の左派で、自分を終身指導者とするため憲法改正まで強行したのだから、妻の大抜てきもあり得ると考える人が少なくないようだ。非主流派を排除し過ぎて、人材が足りないという事情もある。

 ただ、昔から歌手として有名だった妻を政権の宣伝戦略に利用するだけならまだしも、実際に権力を行使する要職に就けた場合、ゼロコロナなどで強まった習政権の閉鎖的な左傾イメージが決定的になり、改革・開放推進にはマイナスとなるだろう。(2024年4月1日)