中国で春節(旧正月)の連休明けから「思想解放」を大々的に呼び掛ける動きが話題になっている。改革・開放が始まった頃のスローガンを思い出させるが、その実態は習近平国家主席(共産党総書記)の教えによる思想統一という統制強化。習政権内で事なかれ主義が広がっていることから、腐敗官僚だけでなく、やる気のない怠慢な官僚も粛清する狙いがあるとみられる。

 

■鄧小平演説を想起

 

 湖南省党委員会は2月18日、「思想解放大討論活動」を展開するよう省内各レベルの党組織に指示する通知を公表。これに関する集団学習も行い、省党委のトップをはじめとする指導者たちが参加した。省党委には思想解放大討論活動弁公室(事務局)が設けられた。

 省党委の通知は地方では最高レベルの指示。思想解放の重要性は習政権でも指摘されてきたが、これほど本格的な推進活動は異例だ。党機関紙・人民日報系の有力紙・環球時報の前編集長でオピニオンリーダーとして知られる胡錫進氏はSNSの微信(ウィーチャット)を通じて、この活動は湖南省だけでなく全局的意義があり、衝撃的推進力を持つと絶賛し、「全国世論の極めて大きな関心を集めた」と指摘した。

 「思想解放」で有名なのは、1978年に鄧小平が思想解放と実事求是(事実に基づいて真理を求める)をテーマにして行った演説。毛沢東(76年死去)の極左路線を是正し、改革・開放に踏み出す起点になったとされる。これを踏まえて、胡氏の論説のような期待が出たようだ。

 

■「寝そべり」許さず

 

 湖南省党委の通知は「思想を解放した時、発展は良く速くなり、思想が保守的になった時、発展は滞り遅くなることは、湖南の改革・開放による40年以上の発展の経緯が証明している」とした上で、思想解放によって、改革・開放を全面的に深め、「質の高い発展」を進めなくてはならないと強調した。

 そのために以下のような問題を解決、是正するよう、通知は求めた。

 一、発展への自信が足りず、使命感が弱い。

 一、大衆が満足するかどうかではなく、上司に注意を引くかどうかを重視する。

 一、単純に国内総生産(GDP)成長の速さを追求する。

 一、無計画にプロジェクトを立ち上げる。

 一、専ら資源・資金投入に頼る粗放的モデルで経済を刺激しようとする。

 一、発展方式を積極的に変えようとせず、モデル転換の痛みを受け入れようとしない。

 一、データをでっち上げる。

 一、矛盾や問題から逃げたり、隠したりする。

 一、問題を起こさないため何もしないという「寝そべり」思想を持つ。

 さらに、注意すべき発展のボトルネックとして、①地方保護主義や市場分割②工業団地における運営体制の不備や組織重複③一部の国有企業の行政機関化④対外開放レベルの低さ⑤企業の資金調達難や物流コストの高さ⑥規定違反の費用徴収─などが挙げられている。

 中国当局は自画自賛が好きなので、「寝そべり」といった流行語まで使って、自分たちの欠点をこれほど列挙するのは珍しい。それだけ官僚の怠慢がひどく、根本的な意識改革が必要ということだろう。

 

■習思想指導下の「解放」

 

 しかし、湖南省党委の通知には「習近平の新時代における中国の特色ある社会主義思想を深く学習、貫徹する」「さらに思想を統一し、意志を統一し、行動を統一する」「必ず確固として揺るぎなく党中央と習近平総書記の導く方向へ向かって討論を展開しなければならない」といった文言が並んでおり、思想解放と言うより、官僚の習思想学習キャンペーンのように見える。

 そもそも、通知が挙げた多くの問題は、中国の官僚組織に昔から存在し、経済発展の障害となってきた。それを克服するため、党組織と政府機関の分離、政府機関と企業の分離、民営企業の振興などで市場経済化を進めるというのが鄧小平以後の基本政策だった。

 だが、左派主導の習政権は鄧路線を否定して、党の権力絶対化と国有企業強化を推進。市場経済化よりも市場統制を重視するのだから、長年の官僚主義が改まらないのは当たり前だ。

 どこの官僚も地元経済を発展させたいものの、非効率的な国有企業より市場適応力のある民営企業を後押しするなどして本気で市場経済化を推し進めれば、保守的な習路線の基本方針に反して、政治的に上からにらまれる恐れがある。それならば、前例踏襲や「寝そべり」が安全ということなのだろう。

 微信では早くも「官界の悪習が1回の思想解放大討論で解決できるのかどうか、楽観はできない」「社会のさまざまな不正は思想の束縛が原因なのか?」などと冷めた声が出ている。中国の政治情勢に詳しい香港親中派メディア関係者も「習思想指導下の『思想解放』だ。思想を解放して習思想と合わなければ、後で粛清されるだろう」とコメントした。(2024年2月29日)