サッカーのスーパースター、メッシが脚の不調を理由に香港での親善試合を欠場した3日後に日本でプレーしたことが香港で猛反発を招き、政治問題化している。メッシは「香港軽視」「親日反中」と批判されているが、実際には、現地政府が民主派の徹底的弾圧で悪化した香港の国際的イメージを改善するため、メッシを政治宣伝に利用しようとして、かえって逆効果になった可能性がある。

■「二度と来るな」


 メッシが所属するマイアミは2月4日、香港チームと対戦したが、メッシはベンチに座ったままで、約3万8000人の観客は落胆。地元メディアによると、ブーイングや「金返せ」といった声が出た。チケットの最高価格は4880香港ドル(約9万3000円)。マイアミから詳しい説明はなかった。
 ところが、メッシは7日、東京で行われた対J1神戸戦には出場して、シュートも放った。香港では開かなかった記者会見にも参加。香港と日本での対応があまりに違ったことから、香港側の怒りがさらに大きくなった。
 マイアミ・香港戦に1600万ドルの補助金拠出を決めていた香港政府は「極めて失望した」との声明を発表した。親中派で占められている立法会(議会)議員からも「詐欺だ」「メッシは二度と来るな」などと非難の声が相次いだ。
 体の不調による欠場は、誰であっても不可抗力だ。文化・体育・観光局の楊潤雄局長(閣僚)によると、補助金を出す条件として、メッシは最低45分間のプレーを義務付けられていたが、それも「安全もしくは健康状態に問題がない」ことが前提だった。しかし、香港側の圧力により、主催企業は補助金の辞退とチケットの半額払い戻しを発表せざるを得なくなった。

■「外部勢力」の仕業?


 火に油を注いだのが中国共産党系メディア。党機関紙・人民日報系の環球時報は8日の社説で、メッシの香港欠場には政治的動機があったという説を紹介し、「外部勢力」が介入して香港を故意におとしめた可能性を指摘した。香港各紙はこの社説を大きく報じた。
 共産党の指導下にある香港紙・文匯報(電子版)も8日の論評で「メッシは大国間の駆け引きのこまになった」と主張。「敵対勢力」に強いられて、香港の安定と発展を妨害する企てに協力した可能性が大きいとの見方を示した。香港政治の中国化に対する反対活動の一環だと言いたいようだ。
 中国本土のインターネット上でもメッシ批判が噴出。マイアミが3月に杭州(浙江省)と北京で予定していた親善試合は中止された。
 しかし、メッシはこれまで、中国本土で何度もプレーしており、昨年6月にも北京での親善試合に出ている。中国本土や香港の政治状況に不満があるから、香港で欠場したとは考えにくい。また、そのようなことをメッシに強要できる「外部勢力」や「敵対勢力」が存在するとも思えない。
 一方、非共産党系の香港紙・明報は7日の社説で、マイアミ側のファン対応を批判しつつも、政治関与説を否定。香港政府が補助金を出して、メッシらマイアミのスター選手に香港を宣伝させようとしたことが事態をより複雑にしたのかもしれないと遠慮がちに苦言を呈した。詳述を避けたのは、国家安全維持法(国安法)体制下で報道が規制されているためだろうが、説得力のある見解だ。

■行政長官と握手せず


 習近平政権が李家超(ジョン・リー)行政長官率いる今の香港政府に求めているのは、2010年代の騒乱再発防止を口実として政治面で反対派を根絶する一方で、経済面では中国本土にはない国際都市の機能を維持することだ。香港の一国二制度は経済面では依然として本土にとって有用だからで、具体的には「国際金融・貿易・海運センター」や「イベントの都」(大型イベント開催都市)としての役割である。
 しかも、香港政府は1月30日、政治統制の総仕上げとして、国安法を補完する国家安全維持条例(国安条例)の制定作業を正式に開始していた。その直後に来訪したメッシは理想的な政治宣伝の「こま」であり、政府高官と和気あいあいの場面を演出して、「香港は国安法のおかげで平和になり、メッシのような世界的スターにも評価されている」とアピールしたいところだった。
 このため、李長官ら政府高官は試合当日、まるで主催者であるかのように競技場内で選手一人一人と握手したが、メッシはその列に加わらなかった。また、マイアミ一行は香港空港に到着した直後の歓迎式で子供から花束を受け取った後、香港側要人の出迎えを受けるのかと思われたが、式の途中でバスに乗り込んでいる。現地報道によれば、建設中の巨大スポーツ施設をメッシらが参観する予定もあったが、中止されたという。
 これらの行動から、マイアミ側はメッシの政治利用という香港政府の企てを初めから警戒していたとみられる。現地の政治には関知しないというスタンスなので、政治に巻き込まれるのも避けたかったということではなかろうか。
 今回の騒動には、本来は契約や法律で解決すべきイベント運営上のトラブルへの対応が中国流の政治闘争になってしまったという問題もある。政治的統制に加え、非政治的もめ事も対外強硬路線で政治的に処理されるのであれば、香港で今後、各界の国際的著名人を招請したり、大型の国際イベントを開催したりするのは難しくなっていく恐れがある。国安法体制は政治以外の分野でも、香港の国際都市としての基盤をむしばんでいることがメッシたたきで証明されたと言えるだろう。(2024年2月12日)