中国化が進む香港の政治的な闇がますます深まっている。民主活動家の周庭(アグネス・チョウ)氏が事実上の亡命に追い込まれたほか、北京に出張した香港有力紙の著名記者が消息不明になっており、中国当局に拘束されたもよう。2020年に制定された香港国家安全維持法(国安法)による弾圧で民主派は既に壊滅状態になっているにもかかわらず、締め付けの強化が続いている。

■中国特区視察を強要


 周氏は12月3日、SNSを通じて、留学のために9月からカナダに滞在しているが、おそらく香港に戻ることはないと表明。また、留学許可の条件として、8月に中国本土の経済特区・深セン(広東省)の改革・開放展覧会や中国インターネットサービス大手の騰訊(テンセント)本社を参観するよう香港警察から強いられた上、香港に戻ってから感謝の手紙まで書かされたことを明らかにした。深センでは香港警察の国家安全局職員5人が同行したという。「反中的だった香港の若者が偉大な祖国の発展について学び、感動した」というストーリーをつくり上げようとしたとみられる。
 周氏は19年の民主派による大規模デモの後、無許可集会を扇動したとして投獄され、出所後も別件の国安法違反の容疑者として旅券を没収されるなど行動が制限されていた。
 世間の関心が高い容疑者・被告・受刑者に対し、恭順の態度表明を強要するのは中国当局のやり方で、国安法体制下とはいえ、香港警察が同じことをしたのは驚きだ。人権侵害の上塗りである。
 このため、地元記者団は12月5日、李家超行政長官に対し、周氏に対する深セン行きの要求には何の法的根拠があったのかと問いただした。警察出身の李長官は警察による容疑者の扱いを熟知しているはずだが、答えを避けた。警察も周氏を非難する声明を発表したが、留学許可に至る詳しい経緯については、口をつぐんでいる。

■中国治安当局が指示


 香港警察の事情に通じた現地消息筋によると、実は、周氏への一連の対応はすべて、中国治安当局の出先機関である在香港国家安全維持公署(国安公署)が決め、香港警察に指示していた。深センでの同行者も香港警察だけでなく、国安公署の職員が含まれていた。「この件で香港警察に発言権はない」と同筋は述べた。
 国安公署は広東省の国家安全機関や公安機関(警察)政治安全保衛部門から来ている職員が多く、その大半は香港人と同様に広東語を話す。
 同筋によれば、国安公署は、周氏を国安法違反の罪で罰するには証拠が足りないことから、懐柔した上で、悔い改めた元活動家の模範として利用しようとしたという。
 周氏はかつて、学生政治団体「学民思潮」の広報担当として活躍して「学民の女神」と呼ばれたが、民主派全体を動かす活動をしたり、組織のトップを務めたりしたことはなかった。「民主の女神」は一部の日本メディアでの呼称であり、香港でそのように呼ばれたことはない。
 では、外国に行った周氏が香港に戻ってこない事態を国安公署は想定していなかったのか。
 民主派に批判的な香港紙・星島日報は12月6日の社説でこの問題を取り上げ、周氏が警察の要求に応じて定期的に香港へ帰ってくれば、それで良いが、逃げたとしても、もっともらしく「信義に反した」と非難することができると指摘し、当局側は亡命を想定していた可能性があるとの見方を示した。
 また、香港各紙は、政界のタカ派が周氏の亡命を口実にして、19年の民主派デモで逮捕されたが、まだ処分が決まっていない約6000人について厳罰を求める声を強めるだろうと予想している。

■「反逆」処罰の新法制定へ
 

 香港紙サウス・チャイナ・モーニング・ポストの国防・外交担当記者として有名だった陳敏莉(ミニー・チャン)氏が北京で拘束されたとみられる事件も、メディア関係者にとって、大きなショックとなった。
 陳記者は国防関係の北京香山フォーラム(10月29~31日)を取材するため出張したが、同フォーラムが終わっても香港に戻ってこなかったことから、香港記者協会は12月1日、懸念を示す声明を出した。ポスト紙は「休暇で北京にいる」と説明したが、同僚や友人との連絡は途絶えたままだ。国家安全機関に捕まった可能性が高い。
 ポスト紙は中国共産党系ではないが、中国の電子商取引最大手・アリババ集団の傘下にある。廃刊に追い込まれた蘋果日報(リンゴ日報)などと違って、民主派の政党・団体を積極的に支援していたわけでもない。陳記者の記事も、政治色が薄い安全保障関係の専門的な内容が多かった。
 反中かどうかにかかわらず、香港メディアが中国の安保に関して、独自取材に基づく報道をすること自体が好ましくないということなのかもしれない。既に国安法で抑え込まれているメディア各社は、ますます萎縮するだろう。
 12月4日には、香港ではこれまでなかった中国流の「テレビざんげ」が放送された。19年の民主派デモに参加して獄中にある若者の反省の弁をテレビ最大手TVBが取材した。本人の顔は出さず、シルエットだけだったことを除けば、中国国営テレビのざんげ番組と同じ。番組スポンサーは香港警察である。
 李長官は同5日の記者団の取材に対しても「一部の香港人はいまだに、国家の安全に対する脅威を過小評価している」と主張。香港基本法23条に基づいて、「反逆」「国家分裂」などの政治活動を取り締まる国家安保関係の新法を2024年中に制定する方針を確認した。中国本土の法律である国安法に香港の新法が加わることで、政治面の中国化(社会主義化)が完成することになる。(2023年12月10日)