香港返還からちょうど26年となった7月1日、李家超行政長官は国家安全保障を脅かす域内の存在として「ソフトな対抗の手段を使う破壊勢力」を挙げ、警戒を呼び掛けた。3年前に中国で制定された香港国家安全維持法(国安法)による弾圧で既に民主派は壊滅状態だが、中国共産党の排外的な宣伝工作に沿って言論統制をさらに強める方針とみられる。

■「内部に破壊勢力」


 李長官は1日、香港特別行政区設立26周年の記念行事で行った演説で、前年と違い、2010年代の大規模デモや暴動に触れず、「香港は全体として、おおむね平穏になった」と述べたが、それでも「わが国(中国)の平和的発展に対して誤った判断をして、圧力の標的にしてくる国があり、香港内部にはソフトな対抗の手段を使う破壊勢力がある」と主張し、「われわれは必ず警戒を高め、自発的に国家の安全を守らねばならない」と強調した。
 「ソフトな対抗」という言葉は近年、香港政府の治安当局者などがよく使う。彼らのこれまでの発言から、マスメディアやインターネット、もしくは報道や文化・芸術を通じて、中国共産党政権や香港政府を攻撃することを指すと思われるが、長官が7月1日のような最重要行事での演説で提起したのは初めてだ。
 「ソフトな対抗」について、中国当局者との付き合いが多い香港のメディア関係者は「暴力以外の抵抗を意味する」と述べ、香港基本法23条に基づく国家安保関係の立法に反対する言論やネット上の模擬選挙実施なども含まれるとの見方を示した。
 国安法体制下でメディアがかつてのような厳しい体制批判をすることは既に不可能だ。最近、香港を訪れた際、書店を幾つか回ったが、政治関係の書籍は人畜無害のものばかり。香港島の繁華街・銅鑼湾(コーズウェイベイ)の歩道で高齢の男性が開いていた露店で中国政局内幕物の本を売っていたのが唯一の例外だった。図書館でも「不良図書」の撤去が行われている。
 これ以上、何を規制しようというのか。香港の言論状況について、別の現地メディア関係者は「中国本土と少し違うのは構わないが、違いが大きくなれば『整頓』されるだろう」と解説した。治安維持のための必要をはるかに超えた締め付けであり、一国二制度を逸脱した事実上の社会主義化政策と言ってよいだろう。

■親中派でも不満拡大か


 政治制度も無意味な改変が続く。立法会(議会)は7月6日、区議会の選挙制度改革案を可決。これまで大半を占めていた直接選挙枠の議席が2割に減らされた。8割は委任か間接選挙による選出となる。直接選挙は民主派に有利だからだが、そもそも、民主派は資格審査ではねられて立候補すらできないので、親中派の立場から見ても、このような制度改変は全く必要がない。
 現に今の立法会は全議員が親中派で、同改革案は全会一致で可決された。長官を選ぶ選挙委員会も同様に民主派は1人もいない。中国本土の人民代表大会(議会)や諮問機関の人民政治協商会議(政協)と同じである。
 国安法以前の香港は、民主派支持者が半分強、親中派支持者が半分弱だった。後者は基本的に大規模な反政府街頭行動、特に暴力的デモには反対で、国安法に賛成している。
 しかし、そのような親中派からも、何事も国家安保優先という現在の政策に対する不満の声が聞こえる。同派の関係者は「区議会の直接選挙枠を2割に減らすのは、やり過ぎだ。国家の安全が大事なのは皆が分かっているので、もう(前面に出すのは)いいだろう」とした上で、中央(共産党政権)と香港政府は香港の経済発展にもっと力を入れるべきだと語った。
 習近平政権は香港の国際金融・貿易センターとしての機能を維持したい。先進国入りを目指す自国の経済発展にその機能が必要だからだが、現実の政策は相変わらず政治的締め付けに重点を置いている。そのデメリットが経済面で顕在化すれば、経済界の有力者が多い親中派内部で不満が徐々に広がっていく可能性がある。(2023年7月10日)