中国の基本政策を掲げる政府活動報告は、習路線の左派色が後退。改革志向の李克強首相の巻き返しが目立った。

 

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 中国共産党政権の基本政策は毎年秋の党中央委員会全体会議(5年に1度は党大会)で固まり、中央経済工作会議などでの討議を経て、翌年春の全国人民代表大会(全人代)で正式に決定される。
 社会主義体制なので、重要方針は全て党中央が決める。党の方針に沿って、国務院(中央政府)が具体的な施策を策定。国会に相当する全人代はそれをほとんどそのまま承認する。国務院や全人代の手続きは儀式のようなものだ。
 つまり、国務院が作って、全人代が採択する政府活動報告など主な公式文書の中核部分は、党中央指導部(政治局やその常務委員会)の意向が反映される。通常は、総書記として党中央を率いる最高指導者の考えが主軸となる。
 特に先の全人代(3月5~11日)は、次期指導部の人事や政策を決める第20回党大会が今年後半に予定されていることから、習近平国家主席(総書記)が3選の布石として自分のカラーを強く打ち出す良い機会になるはずだった。


■消えた「国内大循環」
 

 ところが、実際には、全人代で採択される文書の中で最も重要な政府活動報告は、保守・左傾を特徴とする習路線のカラーが昨年と比べて大幅に薄くなった。
 驚くべきは、習路線のエッセンスとも言える経済発展の「国内大循環」主体論が外されたことだ。習主席は2020年春、「国内大循環を主体として、国内と国際の双(ダブル)循環が互いに促進し合う」という新しい発展戦略を提起。これに基づいて、同年秋の党中央委全体会議が経済・社会政策に関する第14次5カ年計画(2021~25年)の基本方針を決定し、昨年春の全人代で同計画の綱要が採択された。
 この戦略は「双循環」と称していても、重点は国内にある。国内総生産(GDP)世界2位という自国経済のスケールメリットを生かして対外依存を減らし、米国など外国からの圧力や制裁に耐えられる仕組みをつくり上げるのが目的。改革・開放の進展よりも独裁体制強化と対外強硬の「戦狼外交」継続を重視した極めて左派的な考えだ。
 習主席肝煎りの新戦略なので、昨年の政府活動報告と5カ年計画綱要に当然明記されたが、今年の同報告は「国内大循環」も「双循環」もなく、「国民経済循環をスムーズにする」と簡単で中立的な表現に変えられた。
 習主席が重視する「共同富裕」も昨年の2カ所から1カ所に減り、記述がトーンダウンした。昨年あった「共同富裕促進の行動綱要を制定する」という文言は消えた。国家発展改革委が今年2月17日、共同富裕に関する記者会見を開き、行動綱要を制定する方針を説明したばかりだったにもかかわらずだ。昨年5月に党中央・国務院が伝達した浙江省「共同富裕モデル区」建設の方針も盛り込まれなかった。
 共同富裕の関連では、昨年10月に全人代常務委が決めた不動産税(固定資産税に相当)試行拡大の方針も政府活動報告に記されなかった。全人代閉幕後の3月16日、財政省は公式メディアを通じて、今年は試行対象都市を増やさないことを明らかにした。
 また、習主席が好きな「国有企業を強く、良く、大きくする」という言葉はなくなった。一方、「民営企業(もしくは経済)」は3回から4回に増えた。
 「資源配置の中で市場に決定的役割を果たさせる」は今年の政府活動報告にも明記された。このフレーズは13年の党中央委全体会議で公式の方針となり、同報告に盛り込まれるようになったが、国家主席の任期廃止などで習主席の個人的影響力が強まった18年から外された。しかし、その後も市場経済化に積極的な李克強首相らが必要性を強く唱え続け、21年の報告で復活したという経緯がある。


■実を捨て、名を取る
 

 一方、習主席を持ち上げる新しいキーワード「二つの確立」は今回の全人代で盛んに強調された。昨年11月の党中央委第6回全体会議(6中全会)で登場した「習近平同志の党中央の核心、全党の核心としての地位を確立し、習近平の新時代における中国の特色ある社会主義思想の指導的地位を確立する」という個人崇拝的な内容だ。
 「二つの確立」は習主席の威信を高めるため、6中全会で採択された新しい歴史決議に書き込まれたのに、党内でなかなか広まらなかった。
 しかし、先の政府活動報告は「二つの確立」を明記した。全人代常務委の活動報告や、並行して開かれた統一戦線組織の人民政治協商会議(政協)全国委の活動報告および政治決議にも入り、党中央委機関紙「人民日報」も全人代の開幕時と閉幕時の社説でその「決定的意義」を強調。全人代の栗戦書常務委員長ら主要指導者も全人代・政協の分科会で「二つの確立」に言及した。
 最高指導者を称賛する言葉が登場から4カ月たってようやく定着するのは、本来おかしな話だが、何はともあれ、習主席は自分個人の宣伝工作で一歩前進した。政府活動報告で国内大循環主体、共同富裕、国有企業強化といった習路線の重要方針が後退したことと合わせて考えると、個人崇拝宣伝と経済・社会政策を取引したように見え、習主席は「実を捨て、名を取る」形になった。


■実は強力な「最弱の首相」
 

 保守的な習近平カラーが薄れたということは、鄧小平流の改革・開放路線に忠実な李首相のプレゼンス増大を意味する。その傾向は昨年12月の中央経済工作会議で既に表れていたが、全人代でより明確になった。
 「史上最弱の首相」などと呼ばれ、任期があと1年しかない李首相がこの期に及んで巻き返してくるのは意外な感じもするが、そもそも、李首相非力説には誤解がある。
 共産党トップ(かつて党主席、今は総書記)と首相の関係は、企業グループに例えると、親会社の社長と最大子会社の社長の関係のようなものだ。親会社の方が強いのは当たり前だろう。
 往年の毛沢東主席が周恩来首相を召使のように扱っていたのは有名な話で、「周首相は皇帝に仕える宦官のようだった」と評する人もいるほどである。その後の歴代首相はそこまで卑屈ではなかったものの、いずれも完全に総書記の部下だった。
 だが、李首相は本来総書記になるはずだったという点で、これまでの首相と異なる。しかも、若手エリート集団である共産主義青年団(共青団)出身者の現役筆頭格だ。いわゆる共青団派(団派)は習政権下で影響力が低下したものの、党内の大勢力であることに変わりはない。
 最も重要なのは、李首相が経済発展を重視する伝統的な鄧路線推進の先頭に立っていることだ。毛沢東回帰志向がある習主席も改革・開放に正面から反対しているわけではないので、市場の役割や行政の合理化を重視する李首相の「正論」を頭から否定することはできない。
 習政権下で中国は左傾化してきたが、新型コロナウイルス発生当初の抑え込み失敗と極端なゼロ・コロナ政策に続き、市場や民営企業に対する過度な統制強化が国内経済の大きな落ち込みを招いた。党内の不満は大きく、これが習主席の政治的不調と李首相の巻き返しにつながったとみられる。俗論にとらわれずに政局を冷静に見れば、李氏は首相として、むしろ強力な存在だと言えよう。
 李首相が本当に弱いのなら、首相だけでなく党政治局常務委員も辞めさせられて完全引退するはずだが、今のところ、同常務委員は続投して、来年春に首相から全人代常務委員長に転じるとの説が多い。
 李首相の後任については、韓正、胡春華の両副首相、汪洋政協主席(前副首相)らが候補といわれている。諸外国の政治情勢を分析している日本の某政府機関の中国担当者たちは、団派の汪主席を最有力視しているという。上海市党委の李強書記ら習派の首相起用説はあまり聞かれなくなった。


■外交は綱渡り続く
 

 習主席としては、内政がだめなら外交で挽回したいところだが、それも前号〈ロシアに肩入れ「メンツ丸潰れ」〉で詳述したように、ウクライナ情勢への対応で苦境にある。
 米国と対立する中国は引き続き、基本的にロシア擁護の態度を取りながらも、ウクライナ侵攻への支持表明は回避。習主席は3月8日、フランスのマクロン大統領やドイツのショルツ首相とのオンライン協議でウクライナ情勢について「憂慮」や「痛惜」の念を示した。また、バイデン米大統領とのオンライン協議(同18日)では「中国はこれまでずっと平和を主張し、戦争に反対してきた。それが中国の歴史・文化の伝統だ」と述べ、一般論ながら反戦の立場を強調した。
 王毅外相も20日、訪中したアルジェリアのラマムラ外相との共同記者会見でウクライナ情勢に関して「戦争や制裁で争いを解決することには賛成しない」と発言。中国外務省や国防省は「中国はロシア軍のウクライナ侵攻を事前に知っていた」「中国はロシアに軍事援助を実施する」といった説の打ち消しに追われた。
 24日に中国共産党系の香港フェニックステレビが放送したインタビュー番組(20日収録)では、秦剛駐米大使がついに「中ロ間の協力にも限界はある」と言明した。
 同テレビの関係者は中国高官の一連の発言について「中立を装っている」「台湾問題に影響するので(他国の)分裂を認めるわけにはいかない」と解説した。中国はプーチン大統領の機嫌を損ねたくないが、侵略の共犯扱いされるのも避けたいという綱渡り外交を強いられており、習主席が外交で得点を上げるのは当面難しそうだ。(2022年4月7日)