2005年太田出版で単行本刊行。森見氏にとってデビュー二作目にあたる。

 

第一話 四畳半恋ノ邪魔者

第二話 四畳半自虐的代理代理戦争

第三話 四畳半の甘い生活

第四話 八十日間四畳半一周

 

腐れ大学三回生の主人公が入学したときに4つのサークルに勧誘され、どれを選んでも現在の自分になるしかなかったことに気がつくという話。小説版ゲームブック風。

 

第一話は、映画サークル「みそぎ」、第二話は「弟子募集」、第三話はソフトボールサークル「ほんわか」、第四話は「福猫飯店」を選んでいたら、のストーリーが展開する。

 

どの話も、主人公は選択した集団にうまく溶け込めず、小津という独特な友人を中心とした少数の人間に揉まれ、恋人ができてたぶんこんな感じでやっていくのかも、と予感させて閉じる。つまり、どの選択をしたとしても自分は自分以上にも以下にもなれないしそれでいい、というふうに、陰キャの人がアイデンティティを確立していく話といえると思う。

 

しかし、話のおもしろさは主に3段落ちを踏襲する構成によるものが多いと思う。一話目が似ていて非なるニ話目に意味を持たせ、二話目が三話目に、四話目に、と周回するところに伏線が回収されつつ、まったく同じではないズレが読む者をくすぐる。つまり、一話目に基本構成が示され、二話目、三話目でアレンジをかけて読者をそれに慣れさせて、四話目も同じなのかなと思うと、やはり四話目なりのスケールが出て、80日間の四畳半の並行世界を経ての大団円。

 

自分がこの本を読んだのは、「太陽の塔」に続いて、森見登美彦の芯の部分、持ち味を見極めたいと思ったからだった。

 

そして、実際、自分が彼の持ち味を評するならば、上述した「構成のユニークさ」がそうなんだろうと思った。何回も天丼をする悪ふざけ、自分だけが分かる「仕掛け」が。

 

たぶん、小説家になったばかりの彼は漠然と、こういう仕掛けのが書いてみたいな、という小説家になったらやりたいことのバケツリストがあったんじゃないかと思う。それはとてもいい考えだった、たしかにこのイメージの波状攻撃はとても心地よい。

 

ただ、こういう企画は2回同じ手が使えない、継続性に難がある、というところが難しいんじゃないかと思う。それで、幾年か後にネタを使い尽くしてしまうスランプに陥る。

 

小説家として、形式を探究するというのは、わるくはない姿勢だと思う。思うに、思想を切り売りする作家は早晩枯渇するだろう。なにか、かたちを工夫するほうが(歴史のようなジャンルでもいいし、逆回しのような手法でもよい)、前回の反省を活かして練り込んだ作品に昇華させていけそうな気がする。

 

そういう視点が、たぶん、前回の「太陽の塔」のレビューで比較した私小説作家たちになかったものなのではないかと思う。たぶん彼(森見登美彦)も、その部分を中心として書いていくのがもっとも手がたいと信じ、それが「夜行」や「熱帯」方面のスタイルに繋がっていったのなら納得がいくなと考えた。