皆さま、こんにちは!花粉が舞い散るなかにみきわめ間近の忘れていた記憶到来、このところ有給休暇(正確に言えば半休)をとって毎日教習所に通っています。
9月に入所して以来、教習二段階目も規定7時間のところ20時間を数えました。もう、いいんじゃないかな。卒業しよう!
思い立ったら吉日。市役所に行って免許申請用の住民票を取ってきました。土曜に見きわめをもらえば、日曜に検定を受けて、午後には免許センターで免許の交付が受けられるはず!
と、とんとん拍子に話は進まない。
というのは、このところ、不思議な現象が起きているんです。教官と話が通じるようになってきたんです。
質問「いまできないこととかありますか」
1)クランク
「クランクのあと、膨らんじゃって中央線から出ちゃうときがあるんです」
「曲がりたい方向に車体を倒して身体は反対側に体重をかけて。鎖骨とハンドルは平行に。アクセルをふかし気味にクラッチを離すとすくい上げるように起きてくる」できた!
2)急制動
「停止線の手前に止まりすぎ。もっとジワッとブレーキかけて。最後にクラッチを握らないからエンストしてる」できた!
3)スラローム
「クラッチは使わない。パイロンじゃなくもっと先を見て。コース取りを意識して体を前後に揺らさない」。できた!
4)一本橋
「遅すぎ。もっとクラッチを開けて。これくらい」弱っと握るクラッチのほんの数ミリで速度はこんなに変わるんだ。
5)乗り降り
「ハンドルは降りる側と反対側に向けて」できた!orz
「もっと早く教えてくれていたらよかったのに!」「教えていたよ!」
言われたことが分かり、言われたとおりのことができる。これまでは言葉は与えられても「それが動作としてどういうことなのか」が伝わっていなかったんだな。そもそも、動作と言葉は別のものなのに、言葉で動作を教え、理解されると信じて教習を続けてきたことの本質は「祈り」のような不確かなものだったのではないか。
生徒に変化が見られないとき、ときに教える側は、何回言っても直らない、とか、話を聞いていない、とか、やる気がない、と言ったりするけど、本当はちっともそんなんじゃない。生徒にしてみれば単純に、やりたくても「それがなんなのか分からないから」できないのだ。そして、分からないのも頭が悪いからではなく、運動神経がないからでもなく、そうと分かるための練習量が足りないだけではないのか。
教えられたことを素直に動作に表すことができるのがとてもうれしい。教える側もそうだろう。自分がいるから生徒がぐんぐん伸びていると実感するときが先生としていちばんやりがいがあるときなのではないかと察する。
大型教習の初日に教官に乗りたいバイクを聞かれたときに「CB125」と答えていたのをブログを遡って驚いた。400 にすら乗る自信がなかったのだ。ここまで育てていただいた教官の皆々さまには感謝の念しかなく、自分の意思はさておき、その恩に報いて大型に乗ってみたいとさえ思う。ますます、教えた甲斐があったと喜んでもらうために。
火曜日に教習所の送迎バスの最寄り駅のそばでご飯を食べていたら、そのあとに入ってきた女性に「教習所で一緒でしたよね」と声をかけられる。ええー覚えてないよ。だって、アタシが普通二輪で入校したのは去年の5月だよ?それから、どれだけ多くの女の子がやってきて、去っていったことだろう?
大型取得後の話を聞かせてもらってから、ふと「どの教官が好きだった?」と振ってみる。女子トークならこんな華やかな話題があってもよいだろう。「ええー覚えてないよ」そうだった。普通二輪に20代で乗っていたあなたは教官たちの名前を覚えるより前、あっという間に卒業していってしまったんだった。
教習の終わりに、2輪のプレハブに戻りながら教官に質問します。去年一緒だった人と偶然会って、一緒に飲んじゃったんですよ。教官たちはいつもどのへんに行くんですか。「あまり行かないかな。行くとしたら、最寄りの鉄道駅の近くかなぁ」
卒業は別れでもあり、人柄が分かるようになるまで慣れ親しんだ教官たちと会うこともなくなることに寂しさを感じていたけれど、ここまで長くお世話になっていれば、ちゃんと覚えていて、覚えているかぎりはご縁があればまた「こんにちは」と言うこともあるだろう。
じゃあね、そっと手を振って、じゃあねじゃあね、4月になれば悲しみもキラキラした思い出♪になるよう、あと少し、丁寧に仕上げていきたいと思います。
ではまた!