富士登山の続きです。
下山は須走ルートだったから、砂のおかげで下りはじめると速い。そのうえ、自分は坂道を下るのが人と比べてより速いことが分かった。小さい頃に坂の上の家に住んでいたのだ。遅刻すまいと毎日駆け下りていた(前歯が2本折れているのはある日、止まる足が追いつかなくて滑り込むように転んだことがあるからだ)日々が自分の中に生きている。不思議なことを身体は覚えているものだ。他の人が身体を横にしたり、後ろ向きに歩くところを私は直滑降の角度で下りることができる。
なおかつ、前日のシニアグループの人に砂走りの方法を教えてもらっている。コツはスキーだ。ズルズルと足を滑らせながら足を運び、止まりたいところでエッジを立てる。
途中でUber Eatsのリュックを背負ったお兄ちゃんがふたり、ピザ状の箱も携えて、うんざりしたように登っていくのとすれ違う。
7合目の宿では、予想どおり、荷物は預かっていてくれていて、朝ごはんも残されていた。お味噌汁も温めてもらい、ひとごこち。それにしても、なんという経験だったろう。雨の日と風の日と、晴れの日の全部を体験するなんて!
宿のバイトのお姉ちゃんが「自分がいま着てる服装で登れるような日もあるんですよ」と教えてくれた。「じゃ軽装外人もありなんだ」「ときによりますがありなんですよ」へぇー。
自分はよほど大変な2日間を経由したので、濡れるなど体温低下を招くことは一切だめというのが骨身に染みて、そんな好都合な日があるとは俄かには信じられない。しかし、宿の人にしてみれば、登る道は何度も辿る庭、天気の機嫌のよいときに上ればよい道で、実際、そうなのだと思う。人間ごときが、自分の仕事の休みに合わせて切り取ったように自然を取り上げようとするから無理が出るのである。
宿で3時間3000円で休憩してから下りようかと先程までは迷っていたが、朝ごはんを食べて英気を養った現在、クライマーズハイのテンションが続く間に下山も片づけたほうがよいと結論づけた。宿は週末を休養日に充てようとする客で混みそうな気配があり(そういう意味では火曜日スタートは空いていた。天候のためのキャンセルもあったかしれないが)、レンタルした道具は今日返す手筈になっている。
礼を言い、宿をあとにする。「また来ますね」叶わなくても残念にならない約束。いつになるか分からないけれどまた来る。荷物を預けることができたからその重量を背負うのを免除されて、体力のないわたしでも他の人と同じく登ることができた。皆さまのおかげです、ありがとう。
念のため、荷物の預かりは全員に向けてのサービスなのかはよく分からない。というのも、最初に登る日に、行く前にトイレに行こうとしたらその日ご来光に行った人の帰りにちょうど合い、「もう行ってきちゃったんですか、荷物はどうしたんですか」とその若い女子に聞いたら、宿に預けたという。だったら私もという乗っかりでお願いしたのである。
それを言うなら、初日に濡れちゃったあとに衣類を乾かすために宿の人がストーブをつけてくれたのは、宿の人と懇意のシニアグループの人がいてくれたからである。濡れた三つ編みに心は泣きべその自分を彼らはストーブを囲む輪にそっと交ぜ、登山のいろいろな話を聞かせてくれた。
さて、下山の砂走りに話を戻す。延々とした砂の坂は、本当にスキー場のようだった。そりがあったら、ある程度の勾配の場所なら本当に滑れたかもしれない。スキーも子供の頃によく体験した。ポーゲンどまりだったが、落ちながら体勢を整える感覚が分かる。雪と砂の違いは、そもそもスキー板を履いていないので足先で砂の表面を薄く捉えないと靴が砂に埋まる方向に行ってしまうところにある。すると、足が砂に潜ると距離がいかない。撫でるように足を滑らせる。
しかも自分、上手だなあ、経験は本当に侮れないなあと調子に乗って気も漫ろになったあたりで、うっかりと左足を滑らせすぎる。右足でストップをかけた瞬間に右ひざの裏の筋に痛みがピッと走る。痛い!!!この期に及んで負傷、なんと膝を捻挫してしまったのである。膝って捻挫できるもんなんだー!!!痛いよー!(涙)
そこから先はダイジェストで。膝用サポーターをしっかり締めて(レンタル品のアイテムのひとつ)モーレツなスピードで砂走りをやりすごす(要するに左足メインで滑っていった)。帰り道の大部分が砂の坂でなければ、冗談抜きに、自力で下山はできなかっただろう。そして、やっぱり雨で心が折れていた昨日は下山できなかっただろう。
最後の森林エリア2キロは登山道と下山道が合流し、登る人と道が重なる。時間はちょうど10時、自分が到着した時間に近い(いえば、宿は8時半に出たので、全体では下山に2時間かかった。行きは4時間かかったのだから、下りるのはちょうど半分程度だったと言える)。
先ほどぱらついた雨で慌ててレインウェアを着直した重装備の自分とは対照的に、これから富士山に吸い込まれていく人々は遠足に出かけるような軽やかさがある。富士登山とは、大自然という大きな者に本気でもて遊ばれに行く娯楽だということも知らずに。こちらの都合に絶対合わせてくれない、泰然と構えて動じない猛者の洗礼を早々に受けて思い知るがいい。
登る人の中は、私の亡霊のような姿に想像しなかったこの先の自分を投影するのかギョッとした様子で私を見たり、手を貸して下ろしてくれる人もいた(なぜなら、自分は足に力が入らない上に、石の段々の遠近がよく見えず、足の踏み場が見つけにくいことがたびたびあるような状態だったから)。ただひとつ言えるのは、2日前にここに足を踏み入れ、富士を見上げたわたしと本日、右足を負傷して木々の中から現れたわたしはまったくの別人であった。
これから一歩を踏み出そうとするまさにコースの入口でインド系らしき家族がわたしに声をかける。「な、なにがあったんですか?」「いやもうワンダフルよ晴れた空の下、この世のものとは思えぬ雲海を朝日が照らして。絶景でしたよ、かんらかんら!」(気持ちだけは成功者!)
天上から見下ろした雲の海は神の世界のものだった。世界には純粋に畏怖するしかないものがある。富士山は日本一の山として頭を雲の上に出し雷様を下に見る。国内に比肩するもののないナンバー・ワンとして、皮一枚にへばりつく人間の子らがうじゃうじゃとたかり寄ろうと圧倒的なゆとりでそれらを遊ばせてやっている。
動じないその確かさと静謐をわたしは確かに体験した。それはわたしに取り込まれ、いまもわたしと息をしている。これは褒美だ。富士に憧れて寄り集い、門を叩いて最後まで難関をクリアした私たちを富士は愛し、惜しげもなくその一部を分け与えてくれていたのだった。