★第373話:日本人っておしゃれ!? | 中高年の中高年による中高年のための音楽

中高年の中高年による中高年のための音楽

10年続けたYahoo!ブログから移転してきましたが、Amebaのブログライフも4年を越えました。タイトルは当時と同じ「中高年の中高年による中高年のための音楽」です。
主にオールディズが中心の音楽を紹介しています。よろしくお願いいたします。

 外国人が日本に来てカルチャーショックを受けることの一つとして、日本人がとても「おしゃれ」であるということをYouTubeで見て、ちょっと驚いた。

 これまで日本人が他国の人よりおしゃれだと思ったことはなかったからだ。にわかに信じられない。当初はほんまかいなと思った。

 それでも考えてみると、「おしゃれ」はその国の文化のバロメーター美的感覚が優れているという証でもある。日本はここのところ経済成長はしなかったが、国民の美意識のレベルは上がったということであれば嬉しいことである。

 主に欧米人の意見だが、彼らに比べて日本人が既成概念にこだわらない服装をしていること、女性では中でも「ワンピース」(写真)の姿が素敵だという言葉が印象に残っている。

 

ワンピース

 「ワンピース」について、YouTubeで訪日客が褒めて以来、注意深くその姿を見ている。サンプリングは少ないが、10人に2人もいないほど、ワンピースは日本では少数派である。初めて気が付いたが、確かにその姿が素敵な女性は多いような気がする。こじつけかも知れないが、外国人にとって難しい服を上手に着こなしているということだろうか。

 

規制と同調圧力の国日本

 日本は規則だらけの国である。これでは、独創的な発想は生まれにくい。

 けれども、服装頭髪そして化粧など身の回りのことについてはあまり明文化されず、「世の中の常識」という、目に見えない恣意的な力が働いていて、それに従わざるを得ない仕組みになっている。

 今や、「常識」なるものはどんどん変化しているというのに、その呪縛は子供のときだけでなく、大人になってからも続く。

 6年前、こんなことがあった。

 サラリーマンを68歳間近で卒業し、これからは自分の好きなスタイルで生きてみようと、ちょっとした変身を試みた。

 鼻下のを少し伸ばしたのもその一つだった。ところが、マンション管理人に応募したとき、面接官から「髭は剃って下さい」と言われた。「応募要領のどこにそんなことが書いてあるのか」と喉から声が出かかったが、グッとがまんをした。奇妙奇天烈な髭だったら問題かもしれないが、今どき一体どんな問題があるというのだろうか。

 ところが、これに似た理不尽な命令と戦った人がいる。

 元バレーボール全日本代表でスポーツキャスター・タレントの大林素子さん(56歳、写真左と右)が7月15日放送のTOKYO FM「SUBARU Wonderful Journey~土曜日のエウレカ~」にゲスト出演。日本のバレーボール界にあった厳しいルールを変えたことを明かした。メイクもネイルもポニテも禁止だった…大林素子が変えたバレー界のルール「奇麗=悪みたいな感じで」より(スポニチアネックス、7/17)


 八王子実践高時代から全日本に選出され、1988年ソウル、92年バルセロナ、96年アトランタの五輪3大会でエースとして活躍した大林。日本人初のプロ選手としてイタリア・セリエAでプレーするなど先駆者としてバレー界に名を残したが、プレー以外の面でも“改革”したことがあったという。
 当時のバレー界は、コートでは
すっぴん。髪を伸ばしたり染めたりはNG、ネイルやジュエリーは禁止…などおしゃれの面で厳しいルールがあった。「日本代表になると“チャラチャラするな”っていう、“おしゃれより戦え”みたいな風習で、奇麗にすることが悪みたいな感じだった。髪の毛を触ってると“何チャラチャラしてるんだ”みたいに言われてしまって」

 ポニーテールなど高い位置で髪を結ぶとネットに触れてしまうという理由から、髪の毛を伸ばしても低い位置で束ねなければならなかったという。
 しかしバレー漫画
「アタックNo.1」の主人公・鮎原こずえ(写真中央)に憧れていた大林は「ポニーテールだろう!」と決意。「自信がないとできなくて。トップにいったときにやりました」と誰もが認める実力を付けてから“ポニーテール革命”を敢行したという。「ゴムの色も黒、茶色、紺しかダメだったんですけど、ユニホームの色に合わせて赤白にしました」と大林。

 それをきっかけにバレー界に華やかでカッコいいイメージが浸透していったといい、「今はかわいい選手も多いし。コートの中で美しくいたいというのはセリエAで学びました」と話していた。
 

おしゃれに目覚める!?  

 自分の人生を振り返ってみると、中学校では丸刈り五分刈り(写真左)。以降、学生服学帽(写真中央)。大学卒業後の会社の採用面接もリクルートスーツ(写真右)。学生時代、ほとんど服装は黒と白の世界で、色彩感覚はゼロに近かった。

(写真は自分ではありません)
 自分は男のおしゃれを否定する者ではない。男だっておしゃれをする権利があるし、おしゃれをしてそれが似合う男性は素晴らしいと思っている。次の映像の岡田斗司夫さん、この人のご意見に全く賛成です。

【岡田斗司夫】おしゃれが好きな人は、実は優秀です。おしゃれは時間の無駄なんかではありません。

 おしゃれの洗礼を受けたのは、大学を卒業し東京の会社に入ったときからだ。特に、女性の服装と頭髪、そして化粧の仕方に驚いた。

 当時はミニスカートがブームだったのでそれには驚かなかったが、茶髪はおろか、金髪に染めたOLは想像の域を超えていた。だが、それで嫌な思いをしたというのではない。学生と社会人の違いや、大都会の自由な雰囲気にびっくりしただけである。   

 しかし、色彩音痴だったので、どんな色が自分に似合うのかさっぱりわからない。

 それで、いろんな色の服や、おしゃれに挑戦した。20代のころはサイケデリックなネクタイ(写真はその例)や、ピンクのジャケットを羽織り、パーマをかけたときもあった。そのうち、何となく自分に似合うものが分かってきた。そして、たまに人から「おしゃれですね」とまで言われるようになった。

 

 同じ会社だったが、1980年代CI戦略の成功で破竹の勢いだったころ、当時の社長が、「いつも同じようなスーツ姿で仕事をしていて自由な発想は生まれない」。の一言で週に一度カジュアルデーとして、スーツ姿での出勤を禁止したことがあった。おしゃれ着など一着も持っていないおじさんたちは、みんなゴルフウェアを着てきたというまことしやかな逸話がある。

 ところで、ユニクロが日本人の服装の変化に与えた影響は大きい。

 自分も、40歳代以降はユニクラーと呼ばれてもおかしくない状態のときがあった。

 しかし、おしゃれには心とある程度の経済的ゆとりが必要だ。年金生活を送っていてはそんなことは二の次となる。自分も含めて、おしゃれに心血を注いでいそうな中高年は、あまり見かけない。みんな余裕がないんだよね。

 それに、我々のような老人はムリをしてまでおしゃれにコストをかける必要はない。自分にふさわしい服装に心がけること、清潔で簡素な服装で十分である。

 

 最後は、最近も別のブログで紹介しましたが、また同じ曲を。

榎本健一/洒落男