★第34話:四国【その4】廃藩置県後の四国の変遷 | 中高年の中高年による中高年のための音楽

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廃藩置県後の四国の変遷

 

 不覚にも今まで、廃藩置県後、四国は4県がずっと続いていたものと思っていた。調べてみるとそれが勘違いどころか大変な変遷があることが分かった。

 

 早速、図書館に行って2冊、こんな本を借りてきた。実は図書館は久しぶりのことだ。

 

 高野澄「物語廃藩置県」(新人物往来社、2001年、写真左)と、勝田政治「廃藩置県」(講談社、2000年、写真右)である。なお、禁断の事実!知らなきゃよかったNEWS」の画像をお借りした

 

 

廃藩置県によってようやく中央集権国家としての明治政府が誕生したと言える。極秘のうちに短期間で計画が勧められ、天皇による一方的な電光石火の早業で断行された。ときは、明治4年7月14日(旧暦)(1871年8月29日)(新暦)(以下「初回」という)。261の藩が廃され、そのまま県となり、江戸幕府滅亡後、新政府の直轄地に置かれていた府・県と合わせて3府306県となった。知藩事は罷免され、旧藩地を離れて東京への転居を命じられる。

 

 県の名称は、廃藩置県直後は藩名がそのまま用いられていたが、同年11月15日の統廃合(以下「二回目」という)に伴い、3府72県に変更された。その後翌年6月にかけてさらに変更され、多くの県は旧藩とは異なる名称となった。

 

 四国ではその統廃合の歴史がが明治21年まで、17年間も続いた。

 

図①は廃藩置県前の四国の幕藩体制。

 

 

図②は第一次府県統廃合(明治4年)

 

 

図③は一度消滅した香川県(明治6年)

 

 

図④は復活した香川県(明治8年)

 

 

図⑤は第二次府県統廃合(明治9年)…香川県、徳島県が消滅し、四国は二県体制に。

 

 

 そしてこれが現在の四国。ここで注目は香川県だ。その後香川県は復活して現在に至る訳だが、多くの県が消滅してそのままになっているのに対し、香川県は度も復活している。これは日本中で香川県だけだそうだ。

 

 

合区

 

 今年の参議院選挙で「特定枠」という言葉が話題になった。今回の参議院選挙で初めて登場したのが、「合区」によってはじき出された候補者の救済という自民党の事情からひねり出された「特定枠」。

 

 本来は、与党が自分の有利になることで設けた制度だが、ほかの野党は利用する手立てをあまり考えなかった。 「れいわ新選組」山本太郎代表(当時参議院議員)が利用し、重度障害のある女性と難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)の男性を擁立し、成功したので注目を集めた。

 

 昨年の7月に成立した参議院の定数を6増やし定数を248にした改正公職選挙法このうち選挙区で、1票の格差を是正するため埼玉選挙区の定数を2増やす。一方、格差是正には直接つながらない比例代表でも定数を4増やし、これとあわせて、政党の名簿に、候補者が優先的に当選する特定枠を設けることができるようにする。

 

 その比例代表に「特定枠」を設けることに自民党がこだわった。隣接する2つの県を1つの選挙区にする合区が導入された「鳥取・島根」「徳島・高知」の選挙区で、今後は、調整で外れた候補者を、比例代表の特定枠で救済するというものだ。

 

 今回、高知側を選挙区候補として高野光二郎氏、徳島側を三木亮氏を特定枠候補として擁立し、もう一つの合区の鳥取・島根選挙区では、鳥取県選出の自民現職・舞立昇治氏が選挙区から立候補、島根県からは三浦靖元氏がくら替えし、特定枠に納まった。特定枠の制度上、2人は自民党比例区の当選順位の1位と2位に位置づけられるので、当選することは間違いない。

 

 完全な出来合いレースである。

 

 候補者が地域代表という感覚だけでは他の地区の候補者に投票する人はいない。

 

 案の定、前回は島根以外の3県が過去最低で、鳥取、徳島は2回連続。合区により選挙区が隣県に広がり、候補者の名前や訴えを有権者に浸透させることが難しい現状が改めて浮き彫りとなった。


 

道州制

 

 以前「道州制」という言葉が話題になったことがある。は主な3案だが、これでは、日本で道州制など導入できる素地はない。