首にズシリとした力が加えられた。
人の頭がすっぽりと入りそうな黒い箱。
それをぶら下げる為の紐が僕の首にかけられていた。
続いてその箱と繋がっているヘッドホンを装着させられる。
複数の手を器用に使ってそれらの作業を終えて少女は軽く微笑み、僕の向きに合わせて手を振った。
向きに合わせたというよりは、そういう向きの手を振っていたのだけど。
何の反応も示さない僕を見て、少女は少し悲しそうな表情を浮かべた。
そして、紐をたどって天井の方に戻って行った。
少女の姿が闇にまぎれて、残された紐も天井へと向かい始めた。
――おい。
不意に不気味な声が聞こえてきた。
とっさの出来事に座り込んでいた体を立ち上がらせ、周囲を見回した。
――指示、従え。
理解した。
聞こえてくるのはこのヘッドホンからだ。
遊園地にあるお化け屋敷のアトラクションのようなものだろう。
――返事。
随分と気が楽になった。
さっきの少女に手くらい振り返してあげれば――
――返事!
「はい!」
――そうだ。
大声に驚いて反射的に返事をしただけだが、声の主は満足したらしい。
どこからかこちらを見ているのだろうか?
――まっすぐ、進め。
声に従って、まっすぐ進もうとした矢先にまた『返事』と聞こえてきた。
また大声を出されても困るので、『はい』と言っておいた。
少し進むと視界に鎧が見えてきた。
片手に大剣を持った西洋甲冑。
――止まれ。
言われるがままに止まり、甲冑を見る。
もちろん、返事は忘れない。
薄闇の中のそれは妙な威圧感があった。
今にも動き出しそうで、兜の中から視線を感じるような、そんな感じ。
――鎧、触れ、走れ。
何気なく、鎧に触れてみた。
――そうだ。
返事が聞こえてきた時、僕はすでに走り出していた。
鎧が動いたのだ。
剣を振りかぶられれば、逃げろと言われなくても逃げる。
直後、背後から床を強打する音が聞こえてきて、やがて金属が擦れ合う様な音に変わった。
間違いなく追ってきている。
――あの扉。
見えた扉は僕を迎え入れるように勝手に開き、くぐり抜けると同時に大きな音を立てて閉まった。
全力で広間を走り抜けた僕はその場にへたり込んだ。
――進め。
呼吸を整えて立ち上がる。
少し離れたところに見える扉に向かって歩くしかない。
何事もなく扉を抜けて出たところは、おそらく玄関。
今までと違い普通に明かりが点いている。
かんぬきの掛かった扉の前に立ったところで声が聞こえてきた。
――左、見ろ。
一刻も早くこの建物から出たかったが、指示に従わないと何が起こるかわからない。
とりあえず、左を見る。
何もない。
――右、見ろ。
右を見る。
何もない。
――ざまぁ、見ろ。
意味が分からなかった。
そして、背後に生まれる違和感。
背後が気になる。
絶対に振り向いてはいけない。
相反する二つがせめぎ合う。
――ざまぁ、見ろ。
再び聞こえる声。
肩を掴む手。
――ざまぁ、見ろ。
三度聞こえる声。
足を掴む手、胴に絡む足、首に回される腕、髪の毛を掴む手。
そうか、後ろに居るのは――
(続く)