みなさんお久しぶりです!

 

 

 

 

 

引退したのに練習に顔出しすぎてたまに引退してないんじゃないかと噂される渡邉空です!

 

 

 

 

 

引退してからの水球ってなんか気が楽でめっちゃ楽しんですよね☺️☺️

 

 

 

 

 

練習に行きすぎて引退ライフが全く暇じゃありません🙃🙃

 

 

 

 

 

というかまずめちゃめちゃ引退ブログ書くの遅くなってしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

本当にごめんなさい🙇‍♂️🙇‍♂️🙇‍♂️

 

 

 

 

 

 

 

書く内容が全く思いつかなかったという言い訳をしながらその分いい文章になるように頑張って書きます📝

(かといってそんないい文章を書ける訳もないので期待しないでください、、)

 

 

 

 

 

 

 

 

ということで今回の引退ブログは自分が大学4年間で考え続けたことについてちょっと話させてもらおうかなと思います!

 

 

 

 

 

 

その前に早稲田を目指した話を少しさせてください🤏

 

 

 

 

 

大学進学を考えた時、早稲田は頭もよく知名度もあり、大学でやりたいと思っていた水球もとても強く自分にとっては夢のような場所でした。

 

しかもただ水球が強いだけでなく、年に1人しかいないスポーツ推薦の選手が本当に大学トップレベルでそこに自己推薦や一般、指定校などスポーツ推薦ではない人たちも活躍し、結果を残すという自分にとっては魅力的なチームだと感じていました。

 

ただ当たり前のことですが、高校時代全国大会などで大した成績も出せない、勉強も全くやっていなかった自分にとっては早稲田に入ることは厳しいと感じていました。

 

現役で自己推薦を受けて見ましたが無事に落ち、他の大学に進学することも考えましたが、ここで何もせずに諦めるのは絶対後悔するなと考えて、1年間浪人をしてもう一度早稲田の合格に向けて勉強を始めました。

 

真面目に勉強に取り組んだことが一度もなかった自分にとっての勉強はやり方も分からず、辛いことも多かった期間でした。

 

またその期間は親元を離れて都内の予備校の寮に入っていたので本当に勉強漬けの日々でした。ただこの1年間勉強するかしないかで今後50年、60年の人生が変わると考え、必死に勉強しました。

 

その結果最初偏差値30からどんどん綺麗な右肩上がりで点数が上がっていき、憧れだった早稲田大学に合格することができました。嬉しすぎて高校時代の友達に涙を流しながら電話したのを今でも覚えています。

 

そんなちょっとした苦労があったので他の人より早稲田への愛着は結構ある方だと思っています笑

 








やっと早稲田進学の話が終わったのでようやく4年間の話へと入ります(長すぎてごめんなさい🙏)

 








そんな激動の1年間を経て早稲田に入学したのですが、入ってみるとなんと自分を含めてキーパーが3人もいました(この話はもう何回もこのブログの中にあると思うので省略します!)

 

しかも自分よりも実績が十分すぎる2人だったので、その2人より強くなろうというやる気と、本当にこれからの4年間やっていけるのかという不安の中で大学生活がスタートしました。

 






振り返ると自分はずっと、4年間で早稲田で水球をする意味というのを考え続けていました。

 

1年目からそのような状況で自分が出ることない中で試合に勝てない時期が続いていました。そこに自分が何もできてないということも重なりもどかしさを感じながら、早稲田で水球をする意味ってなんだろうと考えていました。

 

学年が上がるにつれ、責任感も増えてきている中で就職活動も始まり、全てを水球に対して考えるということが難しくなりました。また最高学年になり副主将もやっている中で試合に出れる時間も限られている、そんな状況なのに自分の調子も上がらず、自分の周りの環境でも急な変化があったりと様々なことを悩んでいることが多かった気がします。そのような中でやはり早稲田で水球をする意味というのを考えていた自分がいました。

 

ただ4年になって凪人がいいミーティングをしてくれたり自分でも就活が終わったり、心の整理がついてきた中で考えていったことで早稲田で水球をする意味ということの自分なりの答えが出ました。

 



それは、結果が全てでは無く、何を学びどのように成長できるかということです。

大学での水球はお金をもらったり契約したりするようなプロスポーツとは違う部活動というもので、結果も大事だがそれが全てではないものです。言ってしまえばただの人生の4年間に過ぎず、そこで何を考え、何を学び、何を経験するかの方が人生という単位で見た時に大切なのかなと感じました。

そして今振り返ってみると自分は早稲田でたくさん成長させてもらいました。もし自分が早稲田で水球をしていなかったら、ここまで考え、成長することは間違いなく出来なかったと思います。この経験や成長が早稲田に来た意味で早稲田で水球をしてきた意味なのだと思います。








 

そんな経験を出来たのも周りのたくさんのいい人たちと出会えたからだと思ってます。

 


まず何よりずっと憧れていた先輩たちです。早稲田に入ってまだなにも分からない中、憧れていた先輩たちと一緒に水球を出来たことはとても嬉しかったです。めちゃめちゃみんな水球が上手で今、まで経験したことがないくらい強い人たちばっかりの中で最初はやっていける気がしなかったですが、一緒に練習していく中で技術的にも戦術的にも学ぶことが出来ました。またいろんな先輩に仲良くしてもらって水球のことも水球以外のことも様々なことを教えてもらいました。

 




後輩は生意気なやつらでしたが、本当にかわいい後輩たちでした。いろんなタイプの後輩がいて真面目なやつやなんか先輩をいじってくるやつ(だいたいいじられてた気がするけど、、)など面白い奴らばかりでした。ただ水球になるとみんなめちゃめちゃ頼りになる後輩たちでこいつらが頑張ってるから自分も水球を頑張らないとって思ってました。1人1人に文を書こうかとも思いましたが、どうせほぼ毎日プールで会うのでまたいつか直接言います、、!

 




スタッフの皆様にも大変お世話になりました。

 

まず入学する前からお世話になっていた杉山さん。

合格発表があった日に一緒に東京駅でハンバーガーをふたりで食べに行ったことは人生で忘れることはないと思います。笑 

1年目から3年目まで監督をしてくださり、たくさん話してくれたりご飯に連れていってくれたりしていただきました。

 

また飯塚さんは最後の一年ほどしか関わることしかありませんでしたが、裏方の大変な仕事を担当していただき、陰で早稲田を支えてくださいました。あまり自分がストレッチなどをしなかったので、コンディショニングの部分ではお世話になることは少なかったですが、ウエイトやコンディショニングの部分で非常に学ぶことは多かったです。

 

そして最後になんと言ってもゆうやさんは恩師と言っても過言ではないレベルでお世話になりました。

いつもは一緒にふざけたりいじったり、逆に監督なのにいじられていますが、水球では残念ながら尊敬する部分ばかりです。まず普通にあの年齢であの泳ぎは意味が分からないし、戦術・技術どんな部分をとっても水球の正解のような存在だと感じていました。自分も今指導者を目指していますが、その手本や指導者を目指そうと思ったきっかけはゆうやさんでした。水球以外でも尊敬している部分はありますが、これ以上言うと調子に乗っちゃいそうなので、このぐらいにしておきます、、



杉山さん飯塚さんゆうやさん以外にも大変たくさんのスタッフの方々にお世話になりました!!






そして同期に書くのを恥ずかしがって辞めとこうかとも思ったんですけど、4年間みんなにお世話になったので一言ずつだけ書きます!!






ゆま

まじでしっかりしててあんなに裏方の仕事を上手にこなせる人はいないと思うぐらいいろんな部分で助けられました!配属先今のところ近くがゆまぐらいしかいないので社会人でもたくさん助けてください、、

 

あやか

練習見学の日に一番最初に会った時阪神の話でめちゃめちゃ盛り上がったのはよく覚えてます。笑 毎日死ぬほど遠い距離をきて時にはほぼ仕事ない日も来てくれて大変だったと思うけど、ずっと明るく振る舞っていてチームのためにたくさん動いてくれて本当にありがとう!!

 

ひろき

なんだかんだめっちゃ気があって暇さえあれば、ひろきのベットで寝っ転がったりご飯行ったりしてめっちゃ一緒にいる時間が長かったと思う。練習はストイックにやっていて真面目なんかなって思ったら、ずっとふざけているひろきがめちゃめちゃ面白かったです。

 

ふみや

同期でフィールダーが一人しかいない中で、本当に大変だったと思うけど声出してチームを引っ張っていく姿はちょっとだけかっこよかったです!たくさんいじられて変なふりも対処して、いろんな人に口を押さえながら話しかけにいくのはふみやしかできない凄技だと思いました。

 

なぎと

とりあえずFIFA(サッカーゲーム)。なぎととの思い出は大体これだけどそれ以外にも飯行ったり遊びいったり釣り行ったりまじでいろんなことをしました。一方ではキャプテンとして大変なことばっかりだったと思うけど考え方、話し方、引っ張る姿とか全部が理想的な姿で、なぎとがキャプテンだからこんなにいいチームができたと思う。

 

 

 

 

最後に家族へこの場を借りて少し話させてください。


両親にはまず大学進学の時に悩んでいる中で、お金が掛かるけど浪人したいことを伝えた時に快く許してくれました。なんとか早稲田に受かった時は一番喜んでくれました。この4年間で家族への感謝の気持ちというのはより一層大きくなったと思います。父には水球を始めるきっかけを作ってくれて、いつもわがままを聞いてもらい、いろんなサポートをしてもらいました。祖父母はどこで試合があっても応援に来てくれました。そして母には直接伝えることができないけど本当に感謝しかないです。早慶戦の勝利や日本選手権の出場には少し力を貸してもらった気がして、たぶん一番その結果を喜んでいると思います。そしてずっと見守ってくれていたと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうやって振り返ってみると本当にいろんな人にお世話になったんだなと実感します。


当たり前ではないこの環境で、自分の周りの人々がいたからこそ自分は4年間早稲田水球でたくさん学び成長して努力できました。特に同期には本当に恵まれて同期のおかげで最後の年には良いチームになっていくことができました。求道者(きゅうどうしゃ)とは真理の道を求める者という意味ですが、自分にとって早稲田で水球をする意味を探し続け、努力した、そんな4年間でした。たくさん試合に出ることはできませんでしたが、水球を楽しみながら仲間と一緒になり同じ目標に向かってみんなで取り組む。自分にとってこの4年間は本当に充実したものになりました。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

4年間本当にありがとうございました!!!

 

 

 

 

 

 


 

そして速水へ

 

 







 

 

 

 

 

ブログ書くの遅くなってごめんなさい!!!