楽を求めたら、苦しみしか待っていない。

 

by 野村克也

 

 どんな道を進んでも、

やりたくないことがでてきます。

 

楽を求め始めた人は

このやりたくない作業を嫌います。

ちょっとめんどくさいことだったり

少し困難に見えればそこで終わり。

 

また次の楽な方法を探しにいくのです。

 

そしてそうしているうちに年は重なり、

気づけば自分の人生はなんだったんだと

思うような状態になっている人も多いのではないでしょうか。

 

人生は簡単な道を選び続ければどんどん難しくなり、

難しい道を選び続ければ時期に簡単になっていきます。

 

学び、成長し続けることで、今の状態を抜け出せるのです。

それをしなければ、今の状態が変わることはない。

 

穴の中で空だけ見上げていてもそこからでることはできません。

目の前のはしごを一段一段登っていくことで、いずれ外の世界にでれるのです。

 

今は過去で一番学びやすい環境です。

スマートフォンがあればほとんどのことは

すぐにでも調べられる。


SNSなどでその道の専門家にコンタクトを

とることもできる。

 

自分次第でどこまでも学びを加速させることが

できる時代なのです。

 

スマホがない時代、もっと言えばインターネットがない時代の

学び方を考えてみてください。

 

本や誰かに教わること以外で学ぶ事ができなかった。

 

それが今やどこでもいつでも学べる時代。

それもその道のトップに教えてもらうことも可能な時代です。

 

僕がこうしてブログを更新している理由の一つも、

毎日何か新しいことを学びたいからです。

 

1つ学ぶ事ができれば1つ教えることができる。

そうすることで、自分の価値はどんどん上がっていく。

 

着実に、確実に、日々の歩みを進めていきましょう

 

 

何であれ、怒りから始まったものは、

恥にまみれて終わる。

Whatever is begun in anger ends in shame.

 

by ベンジャミン・フランクリン

 

 怒りに任せて行った行動は

大抵ろくなことにならない。

 

 悪くない結果が残せたとしても

もっとこうしておけばよかったと思うことや

人間関係に傷をつけてしまうことがあるだろう。

 

怒りに任せた行動はバランスを欠く。

 

勢いやエネルギーは生まれるが

時にそれはいきすぎてしまう。

 

なぜ人は怒るのか?

 

アドラー心理学では、目的論に基づいて考えられる。

人はある目的があってその行動をする。その感情を出すのだ。

 

親が子供を怒るときを考えてみよう。

同じ過ちをおかした子供がいても、

怒る親と怒らない親がいる。

 

ではなぜ怒るのか?

それは子供に言うことを聞かせたいからで

あったり、親自身が恥をかきたくないからで

あって、その目的がなければ怒ることはない。

 

子供の成長を長い目で見守り、

理解をしましている親は怒ることはないだろう。

 

 つまり、怒るときは目的があるからで、

目的が原則にしたがっているものであれば

怒る必要性はほぼないのだ。

 

 イラっとすることや怒りを感じることは

誰だってある。でも、そんなときは一度

立ち止まって考えてほしい。

その怒りはどこからきているのか。

なぜ怒る必要があったのか。

 

 その気持ちと一度距離を置いて、

客観的に状況を見つめなおしてはどうか。

そうすることで、自分をより深く理解することにも

繋がり、またよりよい解決策を導き出せる。

 

 

 

 

 

 

 

素性や出身なんて関係ない。夢や目標があるなら、それが全てだ。

It doesn’t matter what your background is and where you come from, 

if you have dreams and goals, that’s all that matters.

 

by セリーナ・ウィリアムズ

 

 人間は平等には生まれてこない。

背が高い人もいれば、低い人もいる。

計算するのが得意な人もいれば、そうでない人もいる。

日本に生まれる人もいれば、アメリカに生まれる人もいる。

 

最初からみんなそれぞれの個性をもって生まれてくるのです。

それは夢や目標を達成する時の言い訳にはならない。

大切なことはどれだけ情熱をささげることができるか。

できる範囲で自分にできることを思いっきりやっているか。

 

そんな時、ちょっとやそっとのことではあきらめること

なんて考えない。

あきらめてるのを考えている暇もない。

 

そんな時は、ただただ向上しようと必死になる。

没頭している状態です。

 

小学生の子供がサッカー選手になりたいといったとしましょう。

その子の現在の能力からしてプロになることは不可能。

そこで、自分には難しいからといってあきらめるでしょうか?

サッカーに没頭している少年であれば、

どんなキックであれ、ドリブルであれ、ただただ練習する。

 

それが未来にどうつながるかははっきりとはわからなくても、

自分ができることを積み重ねていく。

 

夢はそうやってつかんでいくものではないでしょうか。

 

最初からすべての道がみえるわけではない。

しかし、目の前の一歩を見ることはできる。

その一歩を踏み出すかどうか。

 

そしてその着実な一歩を積み重ねていけるかどうか。

 

あなたが情熱をもって生きた時間は

人生の宝物になります。

率直な意志の相違は、進歩を示す健全な兆候だ。
 

Honest differences are often a healthy sign of progress.

 

By ガンジー

 

 

 お互い意見や本音を書くしていては何も前に進まない。

それどころか不信感やストレスが増えていき、

あるときそれは取り返しのつかないものになるだろう。

 

素直に述べた意見が異なることは多々ある。

それぞれがそれぞれの欲望の元に生き

それぞれがそれぞれの価値観の中で生きているからだ。

 

そんなときにお互いが納得いく着地点を

見つけなければいけない。

 

時には歩み寄りになるかもしれないし、

時には全く別の視点から解を得られるかもしれない。

 

大切な事は、本音で生きること。

もっと言えば、本音が言える環境に身を置いていること。

 

環境を間違えば、ただただ人生が生きずらくなる。

それは自分の信念にそぐわないことをしているからだ。

 

自分の信念がわかれば、本音も自然とわかる。

それを隠して生きていけば、自分が何者かさえわからなくなっていく。

 

自分の信念が意志となり言葉となる。

そしてそれぞれの意志をまとめていくのがリーダーだ。

 

孤独とは物事を深く考えるチャンス。友達が多い事は必ずしも幸せではない

 

by 美輪明宏

 

 

 コロナで一人の時間が増えた人も多いのではないでしょうか。

こういうまとまった時間が取れるときほど、自分に深く向き合い人生を見直すチャンス。

こういったことは、日々のストレスや忙しさから解放されているときに行うべきもの。

 

是非この機会に、今一度自分の人生について考えてみてはいかがでしょうか。

 

友達の多さは人生の質に大きな影響はありません。

どんな友達がいるかがあなたの人生に大きくかかわってきます。

 

人は普段から接する人に影響を強く受けます。

あなたが最も時間を過ごす5人があなたの人生を決めると言われているくらいです。

 

この点で、環境というのはとても大切になってくる。

どんな人と話、どんな声を聴き、どんな考えに触れるかで、あなたの人生は少しづつ変わっていく。

 

なりたい自分、あこがれる人、そんな人たちや同じ目的をもっている人、

一緒にいて心から喜びを感じる人との時間をつくることが大切。

 

そして、それを知るにはまず自分が目指しているところがわかっていないといけません。

自分の人生において、何が重要か。どんな人になりたいか。どんな人でいたいか。

何を達成したいか。

今一度深く考えてみましょう。

 

時間、お金や年齢などの制限は一切忘れ、今一度自分に問いてみてください。

自分はこの人生で何をしたいのか?どうなりたいのか?

 

時間がかかってもいい。今すぐに見つからなくてもいい。

探し始めてください。自分の人生を

 

楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しいのだ。

We don’t laugh because we’re happy – we’re happy because we laugh.

 

by ウィリアム・ジェームズ

 

 

 これは何も無理に笑えといっているわけではありません。

ただの事実であり、どういう生き方を選ぶかはあなた次第ということです。

 

人生生きていれば楽しいことばかりではないし、

やりたいことだけをやれるわけではない。

 

自分が心から望む道に進んでいても、

時に嫌なことをしなくてはいけないでしょう。

 

それは長期的にみて自分の目指すところへ近づくためのもので、

避けることはできない。

 

そんな時にそれを楽しむか、いやいややるか、もしくはあきらめるかは

あなた次第。

 

多くの人はあの人は楽しいからそれをやっていると思う。

でも、時にそれはその人が楽しんでいるからであって、楽しいからではない。

 

運動にしても同じことがいえる。

あの人は元気だから、体力があるからああやって運動ができると人は言う。

しかし、その人は日々運動しているから元気がでたり、体力がつくのだ。

 

何もせずぐだぐだしていてもいつになっても体力はつかない。

 

ほんの少しの時間でもいいから運動してそれを続けるから、体力がつく。

もっと言えば運動した方が、疲れがとれる。

運動すると疲れるという人がいるが、軽い運動で疲れることはない。

むしろ体は楽になり、疲れはとれる。

 

気持ちは体の使い方くる。

そして体は気持ちの持ちようで動く。

 

 

 

 

人生について書きたいなら、まず生きなくてはならない。

In order to write about life, first you must live it!

 

by ヘミングウェイ

 

 

 人生を全うしないうちに、人生に見切りをつけたり

人生をわかった気でいる人が多いです。

 

人生なんてこんなもんだ・・・

 

こういうことを言う人ほど、そもそも人生を生きていません。

人生を知るには、まず生きることが必要です。

 

この生きるとは、ただ生存するという意味ではなく、

自分の人生を生きる。自分の人生に真摯に向き合い

精進するということです。

 

自分のやりたいことに熱意を込める。

それはどんなことであれ、一生懸命やってみる。

 

何もチャレンジする前から、もしくは少し失敗したから

前に進むのをやめてしまう。

人生に見切りをつけてしまう。

 

それはとても残念なことです。

 

人生はいつでもぶっつけ本番。

過ぎた時間は返ってくることはなく

模擬試験もありません。

 

人生はやり直すことはできない。

ただし、新しい人生を始めることは

いつでもできます。

 

今日起きたこの瞬間から、

今までの人生の延長線上で生きている必要はない。

今までやったことなかったこと、やってみたことに

チャレンジすることだってできる。

思い切った決断をし、住むところや仕事、環境を

変えることだってできる。

 

新しい人生を今から始めることができるのです。

 

ここで多くの人はその行動を起こさず

過去の延長線上にとどまってしまう。

これは恐怖によるものです。

 

失う恐怖は心理学的にもとても大きい。

今という慣れ親しんだ環境を失い

新しい未知の世界に行くことは怖いと思う人も多いでしょう。

 

しかし、観方を変えればそれはワクワクする世界。

 

毎日が新しい世界だと思って、

今を生きてみてはいかかでしょうか?

 

人生を懸命に生きてみましょう。

When you come to a roadblock, take a detour.

行く手をふさがれたら、回り道で行けばいいのよ。

 

by メアリー・ケイ・アッシュ

 

 

 今まさにCOVID19の影響で行く手をふさがれている人は

多いのではないでしょうか。

 

こんな時に最も避けたいことは、

「もしこんなことになっていなければ・・・」と

変えられない現実にいつまでも思いあぐねることです。

 

山の頂点は一つしかないが

そこまでの道のりはたくさんある。

 

ちょっと遠回りすることも

思いもしなかった景色や発見をすることができるいい機会かもしれません。

 

できることは「今この瞬間をどう生きるか」ということ。

コロナが起きた以上コロナのない世界にはもどれない。

 

コモンセンスがこんなときこそ大切です。

バランスを見つけ、準備の時間をしっかりとりましょう。

 

急ぐ気持ちもわかるし、

今年が最後と思っていた人もいっぱいいると思います。

 

個人的には、今年が勝負と思っていただけに

残念であることには間違いないのですが、

ここでぐちぐちいっても何も始まらない。

 

今できることを積み重ねていくことしか

ゴールへ近づく方法はない。

 

そこであきらめるのも一つの選択。

そこで立ち止まるのも一つの選択。

それならば、回り道をするのも一つの選択。

 

みなさんくれぐれも感染にはお気を付けください。

大切なのは自分が望んだように生きること。

そして、それを続けること。お金があっても不幸な人生をおくるより、

ずっと満足できるはず。

It is more important to live the life one wishes to live, 

and to go down with it if necessary, quite contentedly, 

than to live more profitably but less happily.

 

by マージョリー・キナン・ローリングス

 

 

人は周りがやっていることをみて

自分の行動を変えがちです。

 

みんなが大学に行くから、大学に行く。

友達がこうしてるから、自分も真似してみる。

この会社が人気だから、そこに応募する。

この商品が話題だから、買う。

旅行で人気のスポットだから、とりあえず行ってみる。

 

これらすべてが悪いと言っているわけではありません。

ただ、能動的でなく周りから言われるがままに受け身で

何かをすることは、自分の人生を生きていると言えるのでしょうか。

 

誰かにひかれたレールを歩いているだけ。

周りが文句を言わないような道を選んでいるだけ。

親や友達に嫌われないように生きているだけでは、

自分というものを見失います。

 

気づいたときには、自分が何を望んでいるかもわからなく。

そして、日常に流され何も変わらず生きていく。

 

そんな人生だけは避けていただきたい。

 

たとえ同じような人生を歩んでいたとしても

自分から進んで選んだ道であったか、他人が選んだ道であったかで

その人の人生は大きく変わります。

 

前者にとっての人生の意味は

後者と比べて計り知れないものになるでしょう。

 

 

束縛があるからこそ、私は飛べるのだ。

悲しみがあるからこそ、私は高く舞い上がれるのだ。

逆境があるからこそ、私は走れるのだ。

涙があるからこそ、私は前に進めるのだ。

 

by ガンジー

 

人は自由を求めています。

しかし、自由になるということは、それだけ責任も増えるということ。

 

自由の権利があるからといって、好き勝手なことをしていいわけではない。

 

ルールや法律があって社会が成り立っている。

 

 また、人は逆境につきあたるときにこそ本当の強さを発揮する。

制限があるからこそ、豊かな発想ができる。

人は選択肢が多ければ多いほど、迷うものです。

ただ、制限があればそこで想像力を発揮する。

どうすれば最適解になるのか、どう工夫すればよりゴールに近づくか、

すぐにでもイメージがわいてくる人もいるのではないでしょうか。

 

 自分にとって不都合だと思うようなことでさえ、捉え方次第で変えることができるのです。

飛行機は、空気抵抗があるからこそ空に飛びたてる。

地面を歩いているときに、摩擦があるからこそ前に進むことができる。

相反する力は、自然と私たちの生活を支えているのです。

 

壁があるから成長できる。

自分にとって難しくないことにだけチャレンジしていては、成長はない。

 

つらいことやきついこと、悲しいことは

その瞬間はとても心に痛みを覚えるかもしれないが

自分を成長させてくれる鍵となる。