We don’t laugh because we’re happy – we’re happy because we laugh.

 

By ウィリアム・ジェームズ

 

生きて入れば楽しい事ばかりではない。

 

人生楽あれば苦あり。

 

心から本当に好きな事を見つけて、

その大きな目標に向かって走り出したときでも同じだ。

 

好きな事をするためには、好きではないこともやらなければいけない。

好きな事を極めるために、圧倒的な作業をやらないことはつきもの。

 

例えば、東大に入りたい人がいて、

好きな数学の勉強だけでなく、英単語の暗記であったり、

興味がないかもしれない歴史や地理を学ぶ必要があるかもしれない。

 

野球選手になりたい人がいて、

大好きな野球のほかに、筋トレや走り込みなど

野球に必要な体をつくるためのトレーニングをする必要があるかもしれない。

 

そんなとき、

どうせやらなければいけないことなら、楽しんでみてはいかがか?

 

楽しんでやったほうが自分の身にもなるし、

何度も何度も繰り返さなければいけないことを

毎回嫌な思いをしながらやるのと楽しい思いをしているのでは効果がかわってくる。

 

夢をかなえるために、

圧倒的な行動が必要となる。

 

その1つ1つを楽しむこと。

 

人生楽しんでなんぼ

 

 

by ジグ・ジグラー

 

 

 人を愛したと感じるのはどんな時でしょうか?

それは一瞬の出来事でその人に愛情をもったのでしょうか?

親子のような関係は別として、ここでは大人または子供が

はじめて会う人に対していつ愛情をもつのか考えてみましょう?

 

優しくされた時、一緒に時間を過ごしている時、ふとしたときに

愛情を感じるかもしれません。

 

しかし、それはその瞬間に起きたでき事だけで感じたのでしょうか?

 

好きな人を思い浮かべてみてください。

 

あなたがその人を好きになった瞬間はいつでしょうか?

その人を好きになった日は?

その人を好きになった特定の行動は1つだけでしょうか?

 

あなたがその人を好きになったのは、

今まで過ごしてきた時間や、その人の行動や振る舞いを見て、

徐々に愛情を育んでいったのではないでしょうか。

 

優しくされた時に、この人すてきだなと思う瞬間やキュンとする瞬間はあったとしても、

それだけでは愛情は生まれません。

 

愛情は時間がかかるものなのです。

 

あなたが毎日ジムに行ってもすぐには変化しません。

健康にいい食事をとり続けていても同じです。

 

日々の積み重ねが目に見える結果を与えてくれる。

 

人生では、時に短期的に結果がでるものもあれば、

長期的に時間をかけなければいけないものがあるのです。

 

愛をもって生きていきましょう。

 

 

 

人の一生は重荷を負うて、遠き道を行くがごとし
 

急ぐべからず
 

不自由を、常と思えば不足なし
 

by 徳川家康

 

「重荷を負うて遠き道を行く」

この言葉は有名な名言で、学校の先生だったり

コーチや師匠だったりにこの言葉を教えてもらった方もおられるのではないでしょうか。

 

 

人生は誰もが楽をしたいと一度は考えるものです。

いかに楽をして成功するか、いかに楽をしてお金を稼ぐか、

いかに楽をして彼氏・彼女をゲットするか。

 

そんなことを考えたことある人は大勢いるはずです。

 

しかし、楽をしようとすればするほどうまくいかないことに気づく。

今楽をできていても、いずれは楽ができないことに気づく。

今は楽だったとしても、得られる成果はたいしたことではないことに気づく。

 

この時は、どんどん基準を下げていき、自分への評価を下げていき、

すべてに不満をもちやるせない人生になります。

 

僕もそうでした。何か目の前にやらなくてはいけないことがあるのに、

それをすべて無視して楽な道に逃げたときは、その一瞬は気持ちがよくても、

後になってどうしようもないやるせなさやに襲われました。

 

これは決して苦労しろ、努力しろと言ってるのではありません。

 

ダラダラ生きていくのも一つの人生だし、

苦労することがいいことだといっているわけではないです。

 

多くの日本人が、自分を犠牲にしすぎてしまう傾向にあり、

過労死や練習のし過ぎによるケガ、勉強のしすぎによる大学入学後の反動や

社会人になってからの反動が目につくため、改めて注意させていただきました。

 

楽をするなとは言いません。

楽してできてしまえばそれはそれでいいのかもしれない。

ただ、ここで大切なことは、楽して手に入るものはあなたの価値を引き上げてくれない

ということです。

 

あなたが何かに対して一生懸命になるからこそ成長するし、

達成できたときに達成感や喜びを感じるのです。

 

靴ひもが結べなかった幼稚園生からしたら、

靴ひもが結べるようになることは喜びです。

 

でもそれは当たり前のようにできる大人からしてみれば

靴ひもを結ぶことに喜びは感じないし、むしろめんどうだと思ってる人もいます。

 

靴紐を結ぶことが難しかったから結べる時に喜びがあるのであって、

それがもともとできることであればそこに喜びは感じないのです。

 

ここからわかることは、ゴールはなんでもいいということです。

その人にとって価値あるゴールであれば、目指す価値があるということ。

 

そして、そのゴールまでの道のりがどんなに長くても、

今の自分にどんなハンデがあってもそんなのは関係ない。

 

自分が目指すゴールに向かって、自分のペースで歩いていくだけです。

 

人によって、重荷の重さは違うでしょう。

どんな道のりになるかは違うでしょう。

 

これは誰かと同じである必要はないし、同じにはならないのです。

 

自分の道を進めるのは自分だけ。

 

どんなに重い重荷をかつぐ必要があっても、

自分だけの道を進んでいきましょう。

 

 

by ドラえもん

 

 何かに挑戦する時、それが何の困難もなく簡単に成し遂げられてしまえば、

それはもはや挑戦とは言えないでしょう。

 

じぶんの実力の範囲内のことを行い、難なくできてしまったというだけです。

挑戦するということは、できるかどうかわからない、自分の実力よりも難しいことに

立ち向かっているときに使う言葉です。

 

ですから、挑戦しているときにうまくいかないのは当たり前だし、

つまづくことだってあります。

 

ここで終わってしまうのは簡単です。やめるのはいつでもできるし、

辛い時、困難な時こそ白旗をあげるには十分な理由も見つけるでしょう。

 

でも、ここでもう1度立ち上がってみてはいかがでしょうか。

もうやれることはないか?できることはすべてやったか?

今一度よく考えてみてください。

もう何もやることがない。すべての手は尽くしたというなら、

そこは引き際なのかもしれません。

 

しかし、何か一つでもやり残していたことがあるのなら

挑戦し続けること。もう一度立ち上がること。

その強さを誰もがもっています。

 

人があきらめてしまうのは、失敗したからではありません。

希望を失った時です。人はもうできないと思った時にあきらめるのです。

 

よくよく考えてまだやり残したことがあるのなら、それは可能性です。

そこに希望をもてるかどうか。

可能性を感じることができれば人は前に進めます。

 

希望の光を信じづづけましょう。

 

by ロバート・フロスト

 

 

 人生行き詰ったと感じている方は

何か一つ自分にとって良い影響を与えると思われることを

やりぬいてください。

 

1つの事で何が変わると思うかもしれませんが、

人生は意外とちょっとしたことで変わるものです。

 

例えば、まったく運動してこなかった人が

これから毎日どんな日でも30分は運動すると決めたとしましょう。

その人の健康に対して絶大な効果が期待できることは間違いないです。

 

他にも、誰かの悪口、不平不満を一切言わないと

決めたとしましょう。この人の思考回路はどんどんプラスへと変わっていきます。

今ままでだったら雨がふったただけでも落ち込んでいた人が、

徐々につらい中でも楽しめることを見つけられる人になるでしょう。

 

 何か1つをやりぬくことは

簡単なようでそうではない。

そして、それをやりぬいたときに

今までとは違った自分を発見できます。

 

 是非皆さんも試してみてください!

 

 

 

by ウェイン・グレツキー

 

 

 ある程度うまくなると、もしくは、自分が所属するチームや地域の中で

突出的にうまい選手であると、「自分はうまい」「自分は一番だ」と思い

向上心が薄れてしまう。

 

それでは次のレベルに行ったときに使い物にならない選手になってしまう。

 

スポーツだけでなく、勉強でも何かの技術や一つの事を極め、競い合う世界では

いつも上には上がいるものです。

 

たとえ今一番上の人であったとしても、現状維持をしていてはいずれ抜かれます。

 

学びが加速されている時代、人は様々な情報を元に鍛錬していき

どんどん成長していっています。

 

今のままでいいなんて気持ちでいたら、いずれ手遅れになるのです。

 

それはビジネスでも同じことではないでしょうか。

変化の激しい時代、今のままでいいという気持ちでやっていたら

いずれ変化に対応できなくなり決断を迫られる時がやってくる。

 

 達成感を感じることは大切です。

達成感がなければ、いつも不満ばかりで人生何をしていても

面白くなくなってしまう。達成感は成し遂げたときにしっかり感じ、

その次にはまた次のゴールに向けて歩き出すことです。

 

あの時はこうだった、何年前はこうだったと一回達成したことに自慢し、

そこに執着していは過去に生きているだけで今を生きていません。

 

あなたの時代はそこで止まってしまいます。

 

あなたが止まろうと時代はまってくれない。

時はどんどん流れていきます。

 

正解がよりわからない今だからこそ、

今を生き、できることを今やっていくことが大切です。

 

そしてそういった生き方をするには

向上心があることが重要になります。

 

 

 

 

by 流 音弥

 

 

優秀な人はたくさんいる。

だから優秀なことにそこまで大きな意味はない。

優秀というレベルでこなしても、得られる結果は平凡なものだ。

 

優秀というレベルを超えてこそ、やっと大きな結果が得られる。

 

基準を高くもつこと。

一つ一つの基準を高めていくこと。

 

自分の今の基準がどこにあるかは関係ない。

自分がどのような基準を持ちたいか。

 

突き詰めていくこと。どこまでも。

 

それを突き詰め続けていったときに

初めて周りと差別化できる。

 

中途半端では役に立たない。

優秀なレベルではたいした成果は期待できない。

優秀というレベルからさらに基準をあげること。

 

見えない世界がそこにはまっている。

 

 

 

 

by 長嶋 茂雄

 

 

 努力している人はたくさんいる。

世界中の多くの人が同じような目標のために努力している。

そんな中で、上を目指しているのであれば、努力しているかどうか

なんて論外のことで、努力の量だけでなく質に目を向けること。

 

今やっている努力が果たしてどのくらい意味があるものなのか。

それを続けることで、長期的に見て成果はでるのだろうか。

 

例えばサッカー選手を目指している人が、ただただがむしゃらに

走っているだけでは体力がついたとしてもサッカーの技術はあがらない。

基礎体力として必要な走りを行っているのであればまだしも、

もう必要な体力が十分あるのに走り込みばかりしていたら意味がないだろう。

 

そもそもサッカーは走ったりとまったりするスポールなので、

単純に長距離を早いスピードで走れることがサッカーの体力に直結するわけではない。

 

そういった一つ一つの行動を分解し、考え、自分にあっているのか、

目標に到達するためのステップアップにつながっているのかを自分で考えること。

 

 ただし、絶対に基本は忘れてはいけない。

超一流の人たちほど基本に忠実だ。

基本がしっかりできてこそ応用があるのであり、

そこを飛ばして応用だけやっていてはいずれ本当の実力を思い知ることになる。

 

スポーツであれ、ビジネスであれ、基本を外すことは致命傷となる。

 

寝る前に、もう何もできない。自分はよくやった。

明日も1日がんばろうって思えるように。1日1日をそう積み重ねていけるように。

 

 

 

A man is but the product of his thoughts. What he thinks, he becomes.

 

by ガンジー

 

 「思考は現実になる」という有名な本も出ている通り、

人は思った通りの人間になります。

 

100%思った通りになるかは別として、

まず思わなければ、何も始まりません。

 

こうなりたい、と思うことで、

目標ができ、何をするかが明確になり、

その現実を引き寄せていきます。

 

火の無い所に煙は立たないように、

まずは思うことから始めるのです。

 

そしてその思いを何度も見直してください。

 

最初はやる気満々で何にも怖くなかったとしても、

大きな壁にぶつかった時や中々うまくいかないときには

目の前の現実に押しつぶされそうになります。

 

何度打ちひしがれても、

何度うまくいかなくても、

初心を忘れずに前に進みましょう。

 

最初の思いを毎日見直し、

その思いを感じ直し、生きる糧にしていきましょう。

 

人は思っている通りの人間になります。

 

 

 

 

 

ベルは鳴らすまではベルではない。
歌は歌うまでは歌ではない。
そして心のなかの愛は、そこにとどめておくためにあるのではない。
愛は与えてこそ、愛となるのだ。
 

by オスカー・ハマースタイン

 

 

 人を愛するということは、時に簡単ではありません。

その人を愛するがゆえに悔しく思うことや心配すること、

衝突してしまうことがたくさんある。

 

愛には2つの種類があり、

1つは条件付きの愛。ある条件を満たせば愛するというもの。

2つ目は無条件の愛。相手がなにをしようとなにをしなくても愛するということ。

 

2つ目の愛が本当の愛であり、今回はこの愛について

思うことを書いていきたいと思います。

 

自分の子供や親、友達やパートナー、ペットなど、

愛する対象はたくさんあります。

 

その人たちを本当に愛しているのなら、愛を示すことです。

 

人は時に言わなくてもわかるだろうと、伝わっているだろうと考えますが、

思っているよりも自分の考えや思いは他人に伝わっていません。

 

ちゃんと示すこと、伝えることが大切なのです。

 

そして、愛しているのに喧嘩してしまったり、イライラすることが多いのは、

相手に何かを期待していたり、相手から何かを求めているからです。

 

愛とは与えるもので、それを与えることで意味があるものとなります。

愛しているのなら、受け取るのではなく与えることを考えること。

 

そしてそれは何かの見返りを求めるものではなく、

愛しているから与えているということが重要です。

 

相手が何をしようと、しまいと、無条件に与えることです。

 

こうしてあげたらああしてくれるだろうなと思ってしまった時点で

それは条件付きのものになります。

 

子育てがわかりやすと思いますが、

親は子供に何か見返りを求めて育てているのでしょうか?

 

本来親は、子供がただそこにいてくれるだけでうれしいはずです。

子供への愛は、将来何かをしてもらうために注いでいるのではなく、

純粋に愛しているから与えているのではないでしょうか。

 

これに対して、「将来医者になってもらいたいから」、「野球選手になってほしいから」

といったように親の身勝手な教育や育て方を子供の考えを無視して押し付けてしまっては、

そこに本当の愛があるとは言えません。

 

自分の願望をみたすために子供をある意味利用しているだけです。

 

愛とは無条件であり、対象はどんなものにもなりえます。

 

そしてその愛は心の中に留めているだけでなく、

与えられたときに意味をなすものです。

 

まずは自分を愛すること。

無条件に自分を愛してください。

 

そして周りの人へどんどん愛を与えていってください。

 

自分が愛に満たされていれば、自分を嫌いになることはないです。

自分が愛に満たされていれば、周りの人をより幸せにできます。

 

自分を愛することが、すべての第一歩です。