人の一生は重荷を負うて、遠き道を行くがごとし
急ぐべからず
不自由を、常と思えば不足なし
by 徳川家康
「重荷を負うて遠き道を行く」
この言葉は有名な名言で、学校の先生だったり
コーチや師匠だったりにこの言葉を教えてもらった方もおられるのではないでしょうか。
人生は誰もが楽をしたいと一度は考えるものです。
いかに楽をして成功するか、いかに楽をしてお金を稼ぐか、
いかに楽をして彼氏・彼女をゲットするか。
そんなことを考えたことある人は大勢いるはずです。
しかし、楽をしようとすればするほどうまくいかないことに気づく。
今楽をできていても、いずれは楽ができないことに気づく。
今は楽だったとしても、得られる成果はたいしたことではないことに気づく。
この時は、どんどん基準を下げていき、自分への評価を下げていき、
すべてに不満をもちやるせない人生になります。
僕もそうでした。何か目の前にやらなくてはいけないことがあるのに、
それをすべて無視して楽な道に逃げたときは、その一瞬は気持ちがよくても、
後になってどうしようもないやるせなさやに襲われました。
これは決して苦労しろ、努力しろと言ってるのではありません。
ダラダラ生きていくのも一つの人生だし、
苦労することがいいことだといっているわけではないです。
多くの日本人が、自分を犠牲にしすぎてしまう傾向にあり、
過労死や練習のし過ぎによるケガ、勉強のしすぎによる大学入学後の反動や
社会人になってからの反動が目につくため、改めて注意させていただきました。
楽をするなとは言いません。
楽してできてしまえばそれはそれでいいのかもしれない。
ただ、ここで大切なことは、楽して手に入るものはあなたの価値を引き上げてくれない
ということです。
あなたが何かに対して一生懸命になるからこそ成長するし、
達成できたときに達成感や喜びを感じるのです。
靴ひもが結べなかった幼稚園生からしたら、
靴ひもが結べるようになることは喜びです。
でもそれは当たり前のようにできる大人からしてみれば
靴ひもを結ぶことに喜びは感じないし、むしろめんどうだと思ってる人もいます。
靴紐を結ぶことが難しかったから結べる時に喜びがあるのであって、
それがもともとできることであればそこに喜びは感じないのです。
ここからわかることは、ゴールはなんでもいいということです。
その人にとって価値あるゴールであれば、目指す価値があるということ。
そして、そのゴールまでの道のりがどんなに長くても、
今の自分にどんなハンデがあってもそんなのは関係ない。
自分が目指すゴールに向かって、自分のペースで歩いていくだけです。
人によって、重荷の重さは違うでしょう。
どんな道のりになるかは違うでしょう。
これは誰かと同じである必要はないし、同じにはならないのです。
自分の道を進めるのは自分だけ。
どんなに重い重荷をかつぐ必要があっても、
自分だけの道を進んでいきましょう。