本当の達成感を得たければ

時に辛い時期・厳しい時期を乗り越えなければいけない。

 

達成感を感じるのは、

それが自分にとって難しいと感じることで、

それを成し遂げることができたときだ。

 

自分にとって何回やっても当たり前のようにできる

簡単なことで達成感を感じることはない。

 

何か物足りない思いを抱えて日々を過ごしているなら

難しいと思うことにチャレンジしてみてはいかがでしょうか。

 

難しいことにチャレンジすることは

覚悟がいるし、続ける大変さもある。

 

だけど、それを成し遂げたときの喜びは

何物にも代えがたい。

 

今つらい時期を迎えている人はむしろ喜ばしい事かもしれない。

難しい問題に直面していて、それを乗り越えるチャンスが目の前にあるからだ。

 

これを乗り越えたときの達成感は

何もなかった日々には決して感じることができないものになる。

 

目の前のことで八方ふさがりになるのではなく、

心の余裕をもって人生を長い視点で見ることができたなら

今までの苦しい時期は決して無駄ではなかったことが分かると思う。

 

それは今直面していることにも同じことが言えるだろう。

 

苦しいかもしれない、もどかしいかもしれない、

それでも立ち向かっていくこと。

 

立ち向かった先に見える世界がある。

 

雨が上がった後に見える世界がある。

 

その世界は挑戦した人たちしか見ることができない。

 

壁を乗り越えた先には、見たこともない新しい世界が広がっている。

 

 

 

by ベンジャミン・ディズレーリ

 

 

 行動すれば結果が出る。

行動しなければ結果が出ない。

 

どんな行動をするかは自分で選べることだが

どんな結果が出るかは自分のコントロール下ではない。

 

行動することで幸福になれる場合もあれば、

行動することでツライ思いをすることだってある。

 

ツライ思いをしたくないからと行動をしなければ

何も変わらないだけでなく、将来的にもっとツライ思いをする。

 

人は人生において大切な場面になって

重要なことに気づかせる。

 

この”重要”なことは何気ない毎日の中でも

もちろん重要だったのことに変わりはない。

 

ただ、日常に起きている問題から目を背けては

この重要なことを見ないようにしている。

 

どうすればいいのか、何をすればいいのか。

本当はわかっているはずだ。

ちょっとのめんどくささ、ちょっとの恐怖、不安が

あなたの頭を曇らせ盲目にする。

 

恐怖と向き合い、自分と向き合い、ちゃんと目を開いて

現実をよく見てみれば、恐れることは意外とないことに気づく。

 

行動しないことは行動するよりもよっぽど恐ろしいことだ。

 

同じ場所に居続けては変化に対応できない。

世界はすごいスピードでどんどん変わり、

気づいたら置いてきぼりになる。

 

幸福になりたい、そういう人は多い。

ただ、言うだけで一体幸福になるために何をしているのだろうか。

 

毎日をなんとなく過ごしていてはなんとなくで終わってしまう。

 

幸福のために行動すること。

恐怖に立ち向かうこと。

一歩踏み出すこと。

 

幸福になるのはそんなに難しいことではない。

 

 

 

 

by ラルフ・ワルド・エマーソン

 

 多くの人は同じ日が何度も何度もくると考えている。

しかし、全く同じ日というのは2度とこない。

 

その日その日が特別なものであり

唯一無二のものである。

 

明日やればいい、来週やればいい、

時がきたらやればいいという考えは、

明日も明後日も当たり前のようにやってきて

それは今日と何の変わりもないと思っている人の

発想だ。

 

今日は今日しかないのだから、

今日できることは今日やること。

 

今日できることはもう明日にはできないのだ。

 

もし明日まったく同じ行動をとれたとしても、

それは今日やってのと明日やったのでは意味が違う。

 

今日の行動を明日に繰り越せばその時にできた明日の行動は

その分できなくなる。

 

今日できることを今日やること。

 

簡単なようで簡単でないが、

それが今を生きるという事なのだ。

 

コロナを経験した今、

明日が今日と同じものであると思っていたら

全然違っていたことに気づいた人は多いのではないだろうか。

 

当たり前にくると思っていた普段の明日が

全然違うものとなってやってきた。

 

明日明後日、一週間後がどんなものになっているのか、

それどころか1か月後1年後がどんなものになっているのか

想像がつかなくなっている。

 

だからこそ、やりたいことはやりたいうちにやったほうが良い。

 

あれこれ考えているうちにもうそのチャンスはなくなる。

 

今日が、その日が最善の日だ。

 

 

 

It is never too late to be what you might have been.
by ジョージ・エリオット

 

 「自分を変えたい」、そう思っている人は

少なくないのではないでしょうか。

 

自分を変えたいと思ってずっと生きてきたけど、

中々変われない。どうしていいかわからない。

気づいたらまた元の自分に戻っている。

 

そんな日々を過ごしているうちに、

自分は変われないのではないかと考える。

 

でも、大丈夫。

 

あなたは変わることができる。

 

なりたかった自分になれる。

 

そしてそれが今であっても決して遅すぎることはない。

なりたかった自分になるということは、

今この瞬間からできる。

 

今の自分は過去の自分である必要はない。

これからの人生は今までの人生の延長線上である必要はない。

 

いつでも新しい自分に出会える。

いつでも新しい人生が始められる。

 

それを止めてしまうのは、他でもない自分自身だ。

家族や友達、同僚なんかじゃない。

自分に制限をかけているのは、いつも自分だ。

 

その制限を取り外してあげることができるのも

自分自身なんだ。

 

どんな自分になりたいのか、心の声に耳を傾けよう。

小さなプライドは捨てて、今まで培ってきた常識を捨てて

本当はどうであってほしいのか考えてみよう。

 

そしてそれを今から始めるんだ。

 

誰かの声を聞く必要はない。

自分の声にまずは素直になろう。

 

 

 

 

 あなたは普段どのくらい本音で生きいますか?

 

周りの空気を読み、必要以上に気を使い、

 

自分をうまくさらけ出すことに憶病になっているとすれば、

 

1日に使う言葉のほとんどのが

 

嘘やあいまいなものになっているのではないでしょうか。

 

 

 もちろんすべてを本音で話す必要はありません。

 

世の中には良くも悪くをあなたを傷つける人もいれば

 

騙そうとしてくる人もいるからです。

 

ただ、あなたを応援してくれる人や、信頼してくれる人、

 

そんな人すら心からの本音で会話ができないのは

 

寂しいことだとは思いませんか。

 

もっと言えば、自分との会話はどうでしょう?

 

 人は1日に何度も自分と会話をしています。

 

言葉に発しているもののみならず言葉になっていない

 

思考の状態で自分に投げかけている言葉、それが自己対話です。

 

この自己対話はどうでしょうか?

 

自分の本当にやりたいこと・なりたい自分に沿ったものに

 

なっているでしょうか?

 

どこかで惰性して、このくらいでいい。

 

自分はこんなもんでいいとあきらめていないでしょうか?

 

 

そんなことを繰り返していると

 

どんどん自分が嫌いになっていきます。

 

本音にフタをして、やりたくないことを

 

毎日やり続ける。自分でもどうでもいいと思うことを

 

やり続ける。そんな人生楽しいでしょうか?

 

人生が楽しいのは、何もお金をもっているからとか

 

有名になれたからではありません。

 

実際、大企業の社長さんや有名なタレントさんでも

 

幸せを感じることができずに悩んでいる人は大勢いるのです。

 

 

もっと大切なことは本音で生きているかどうか。

 

周りに左右されず、自分がどうしたいのか、どうなりたいのか

 

それを軸に生きている人です。

 

その軸がぶれなければ、自分の人生を生きることができ、

 

より多くの本音で生きることができ、人生が楽しくなっていきます。

 

ゴールに着くと達成感を感じるかもしれませんが、

 

それは一瞬のこと。

 

楽しいのは、その道のりだったりするのです。

 

 

自分の人生をより本音で生きること。

 

本音を話せる仲間を少なくてもいい、1人でもつくること。

 

せめて、自分だけでも自分に本音でいること。

 

そうしていくことで、人生がより良い方向へ進んでいきます。

 

 

 

 

 

人は誰しも自分に対するイメージ、

 

「自己イメージ」を持っています。

 

 

それがポジティブに働いていれば

 

ポジティブな気持ちで活動でき、

 

ネガティブに働いていれば

 

ネガティブな気持ちで活動することになります。

 

 

これは簡単に見えてとても根深い問題です。

 

どんなに前向きになろうとしても、前向きになれない人は、

 

そもそも無意識化での自己イメージが大きくマイナスなものに

 

なっていることが原因です。

 

 

今までできなかった自分

 

失敗した自分を思い浮かべてはミスを恐れる。

 

自己評価を下げる。

 

そんなことを無意識に頭の中で行っていては

 

脳の中は防衛的になり

 

消極的な行動を自然ととるようになってしまいます。

 

 

そもそも自分とは何でしょう?

 

自分が考えている自分とはどんな人間でしょう?

 

今考えた自分は、本当に自分自身なのでしょうか?

 

「自分」とは、書き換え可能な情報に過ぎません。

 

テレビの中ではよくキャラ作りをしているタレントがいますが、

 

なぜ「キャラ」が生まれるのでしょうか?

 

自分が思う自分じゃない誰かを演じるときに、

 

その人のキャラが生まれる。

 

周りの人、その人のことを本当によく知っている人じゃない人からしたら、

 

そのキャラがその人自身です。

 

そしてそのキャラを演じている時、

 

本人はもちろん自分をそのキャラだと思っています。

 

自分はあくまで「こういう人」だと自分が思っている情報でしかない。

 

そしてそれは他の情報にいつでも変えることができる。

 

そうです、自分は変えられるのです。

 

 

自分を人見知りだと思うから

 

人と話すときに緊張し

 

自分がモテる人だと思うから

 

自信満々に好きな相手に声をかけることができるのです。

 

それはあなたが過去にどうだったかなんて関係ない。

 

今自分が思った自分が、その時の自己イメージ。

 

その頭の中の情報が、現実世界にフィードバックされ結果に影響するのです。

 

 

ゆえに、失敗した自分を覚えているのは自分は

 

失敗するとやる前から刷り込みをしているようなものです。

 

本当に成功したいのであれば、成功した自分をイメージすること。

 

自分を変えたいのなら、変わった自分をイメージすること。

 

それができたなら、自分の態度が変わり、行動が変わっていきます。

 

頭の中で描いたイメージに現実の世界がどんどん近づいていくのです。

 

 

マイナスのイメージを頭の中から一切消してください。

 

準備がしっかりできていれば、どんな結果になっても怖くありません。

 

結果はあくまで結果でしかない。

 

自分たちができることは成功する可能性を1パーセントでも高くすること。

 

 

どんな自分でいたいのか?

 

どんな自分が好きなのか?

 

より良いイメージを見つけていきましょう。

 

 

 

人間は、理性を持ち合わせているので、

理性の目で予想される結果をとらえ、

物事の原因を見極める。

 

諸事の先駆け、いわば前触れを理解し、類似物を比較、

現在の事柄を未来の事柄とつなぎ合わせ、結び合わせる。

 

by マルクス

 

 

 人が新しい何かを学ぶ時は既に知っているものと

未知のものを結び合わせているからです。

 

完全に知らない情報に関しては学ぶことが難しく、

それが何なのかを理解するのは難しいでしょう。

 

たとえば、あなたは人生で見たことのない生物で

出会ったとしましょう。あなたはそれがなんなのかわからず、

人によってはエイリアンだの、未確認生命体だの変な名前を

つけては恐れているかもしれません。

 

しかし、新種の犬を見たときはどうでしょうか。

あなたは既に犬というのものを知っています。

柴犬やゴールデンレトリーバー、チワワやダックスフンドなど、

様々な犬種が頭の中にすでに入っている。

 

新種の犬を見たときは、これらの情報を今目の前にいる

生物と照らし合わせて、犬なんだと理解できる。

ここでその犬種を教えてもらうなり、調べることなりできれば

もうそこですぐに新しい犬種を覚えることができるでしょう。

 

このように、学ぶという事は「既知」と「未知」を結び合わせることです。

 

既知の世界が増えていけば、それだけ多くの未知を学ぶ事ができる。

既知の輪はどんどん広がっていくのです。

 

自分が学べる範囲は、この既知の輪に隣接している未知の部分。

 

何か1個知るという事は、新しいまだ知らないことを10個見つけたようなものです。

 

 

学ぶことを楽しめる人は、どんどん知識を身に着け、

そうでない人はどんどん自分の世界を閉じ込めていきます。

 

何か新しいことを知るということは、

本来おもしろいものであってつまらないものではありません。

 

その学びの芽を紡いでしまうのは、まぎれもなく大人たちであり、

つまらない教育制度です。

 

大人が子供と接する時はより一層言葉や態度に

気を付ける必要があります。

 

その子供がせっかく新しい何かをしろうと疑問を投げかけたときに、

雑な答えや学ぶ意欲をそぐうような答えは決してしないよう気を付けましょう。

 

学べるということはそれだけでとても幸せなものであり、

終わりのないものだから。

 

 

 

 

 

情熱は心の刺激剤だ。

 

それはネガティブな影響力を心から追い払い

 

心の平和をもたらしてくれる。

 

それは思考においても、

 

行動においても主体性をはぐぐむ。

 

by アンドリュー・カーネギー

 

 

主体性を発揮するという事は

自分の軸をしっかりもっているということ。

 

人はよく他人の態度や置かれた状況によって

自分の態度を変える。

 

臨機応変に対応しているのでそれは問題ない。

そうではなく、ただ相手が無礼だったから

自分も無礼な態度をとったり、置かれた環境が

自分の気に入らないものだったから雑なことを

やったりするのは、主体性を発揮できていない。

 

主体性があるということは自分の行動に責任を持つこと。

相手がどうあれ、周りがどうあれ、自分がどう”したい”のか、

どういう人で”ありたい”のかに重きを置いて行動できること。

 

自分の信念に沿って、自分の行動に責任を持ち

人生を生きるということ。

 

周りが何をしているかなんて関係ない。

自分がどういう人でありたいのかよく考えてみよう。

自分が何を成し遂げたいのかをよく考えてみよう。

 

情熱の種はそこで見つかる。

 

情熱が湧いてきたらこっちのものだ。

その情熱に従って人生を生きること。

 

情熱が人生を生きるエネルギーとなる。

様々な理不尽や困難を乗り越える糧となる。

 

多くの人が迷うのは、周りの目を気にしすぎているからだ。

 

どんな自分でありたいのか、どんな自分になりたいのか、

何を成し遂げたいのかを明確にできたのなら、

もう迷うことはない。

 

そのゴールに向かってまっすぐ突き進んでいくだけだ。

 

 

 

by ヘレン・ケラー

 

 

生きていればたくさんのつらい事・悲しい事を経験します。

時に突然無慈悲に表れ、時に理不尽に物事が進む。

 

ただ、私たちは生きていく以上、さまざまな理不尽を引き受けていかねばなりません。

 

すべてをひっくるめて、それが”生きる”ということなのです。

 

自分が望むことしか起きない世界、

嫌な事は一切なくなる世界、

そんな世界はどこにも存在しません。

 

自分がどんなに成長しようと、どんなに成長しまいと

どんなレベルにも必ず嫌な事や苦しい事は存在します。

 

どうあがいてもそれは変えられないこと。

だったらそれを楽しんでしまえばいいのです。

 

様々な困難に打ち勝つことは、人生の喜びです。

打ち勝つために人は強さを感じ、成長を感じる。

 

ピンチはチャンスというように、

困難は自分を成長させてくれるチャンス。

より多くの喜びを与えてくれるチャンスです。

 

 

 

 

 

ストレスがかかる状態であっても、

それが我慢になっている場合と

そうでない場合があります。

 

何かに挑戦していれば壁にぶつかることもあれば

プレッシャーを感じることもある。

 

その時にかかるストレスが我慢になっている場合というのは

「やらなければいけない」と思っているからです。

 

元々は好きで始めたこと、自分が望んでやっていることだったのに

それがある日「やらなければ」に変わった時、我慢となるのです。

 

ストレスがあるが、我慢ではない状態というのは、

「やりたい」という状態が続いているときです。

 

苦しいのはわかっているし、難しいのもわかってる。

いろいろなプレッシャーもあれば、理不尽なことがあるのも

わかってる。そういったことすべてを含めた上で

「やりたい」と思っているのであれば、そのストレスは

我慢していることになりません。

 

むしろその苦しさを楽しんでいるのではないでしょうか。

 

この「やらなければ」という感覚は

やらないとだめになってしまうという発想に繋がり、

自分を制限してしまうことになります。

 

自分にはこれしかないんだ。そしてこれができないとダメなんだ。

という発想は、自己評価を深く傷つけています。

 

この状態は体にとってとても居心地の悪いストレスとなり、

クリエイティビティを下げパフォーマンスを低下させます。

 

そして結果がでなければ、また次の「やらなければ」が出てくる。

「やらなければ」という発想が負の連鎖を巻き起こすのです。

 

本当にやりたくないことは、ひとまずやめてみましょう。

 

また、やりたくなるまでは別の事に没頭し、

その時がきたらまた始めればいいのです。

 

日本の文化では、我慢することがどこか美徳のように

捉えられがちですが、我慢ばかりしていては皆も承知のように

いずれ自殺など最悪の事態にもなりかねません。

 

我慢するより、自分の心の声を大切にしましょう。