$Dr.TAXIトンデモ研究所-ルクソール

 気温48度のエジプト奥地からの帰国で、何だか体がまだ季節に順応できません。まぁ11月にTシャツのママで外に出る自分が間違ってるんですが(苦笑)。
 さて、ではエジプトの謎、番外編。その2です。
 エジプトには、ピラミッドやスフィンクスに並ぶシンボル的な巨石建造物として、オベリスクという石の塔があります。尖った石の塔の写真を見ると「あぁ、これか」と思い出してもらえるかもしれません。
 ところで、このオベリスクにも多くの謎が残されているんです。その昔、エジプトの王が、太陽神に捧げるオブジェとして作ったという説が有力だけど、その多くが行方不明となっています。重さ数百トンもの巨大な石塔が行方不明になるというのも不思議な話だけど、実際現存する30本のオベリスクのうち23本はエジプト以外で確認されています。つまりエジプトに現存するのはたった7本だけ…。では、その昔、エジプト国内に100本は在ったハズというオベリスクは世界のどこに消えてしまったんでしょう?
 僕は、不幸にもオベリスクそのものに盗まれる要素が在った用な気がしてなりません。ここでちょっと予備知識ですが、先ず、オベリスクは3つの条件を見なさなければオベリスクと見なされません。第一に一枚岩である事。第二に固い花崗岩を使っている事。そして第三に頂頭部分が四角錐であることです。
 ところで、初期のオベリスクには、この3条件に加え、もう一つ条件が在ったと言われています。その頂頭部分が太陽神を現す為に黄金でおおわれていたらしいのです。天高くそびえるオベリスクの頂頭で輝く黄金は、さぞかし美しく荘厳だったことでしょう。
 ところが、これらの要件こそ、オベリスクが消え去る悲劇を招いた用な気がしてなりません。例えば、いくら価値が在っても、ピラミッドや大スフィンクスは巨大すぎて持って帰る気にはならないでしょう。(実際小さなスフィンクスは、数限りなく盗難にあっています)固い花崗岩の一枚岩でできたオベリスクは、壊れ易い石灰岩でできた他の建造物より盗み易く、さらに頂頭の黄金が盗賊達の労働意欲をかき立てたのではないでしょうか(苦笑)。
 実際世界中で一番多数オベリスクがあるのはローマです。戦勝品として持ち帰られ、市内各所の公園や庭等にオブジェとして配され今に至っています。残念なのは、盗賊や戦利品として持ちさられた物以外にも、合法的に持ち出された物もあることです。
 エジプト屈指の荘厳なルクソール神殿の正面には、左側だけに美しいオベリスクが建っています。じつはここにはもう一本、対になるオベリスクが在ったんだけど、その1本はパリのコンコルド広場にあります。この「クレオパトラの針」と呼ばれるオベリスクは、オスマントルコからやって来てエジプトの王となった、ムハンマド・アリーがフランスに気前良くプレゼントしてしまったもの。
 エジプト人では無い彼には、貴重なオベリスクが、国の何物にも代え難い歴史的遺産という意識は無かったようです。
 ちなみに、フランスからお礼としてプレゼントされた時計台は、あっさりと壊れ放置されたままになっています。世界各地で古代エジプトの文字ヒエログリフが刻まれたまま、異国の太陽を指す様に建つオベリスク。その異国に取り残された姿を見る度に、何だか切なくなってしまうのです。

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$Dr.TAXIトンデモ研究所-ツタンカーメン

 長かったエジプト調査もようやく終了!カイロまでもどりました(ホッ)!
 さて本来の調査内容は、また記事にして発表しますが、ここでは少し直接見て自分の中で納得できたことをご紹介しましょう。
 子供の頃から不思議だった事だけど、ツタンカーメン王には不幸の影がつきまとっている。18歳という若さで亡くなったことも理由の一つだが、王家の歴史が刻まれているハズの各種神殿の記録の中に、ツタンカーメンの名前、カルトゥーシュ(王の紋章のようなもの)が実に少ないのだ。
 その理由を、多くの考古学者は、若くして亡くなって何の功績も残していないからという説を語っている。でも、それなら彼の父、アクナーテンの名も抹殺されているのはなぜだろう?
 アクナーテンは首都をテーベからアテンへ換え、いくつもの神殿や宮殿を建設し、宗教改革も行っています。功績は十分のハズ。なのになぜ…。
 実はこの宗教改革が、この親子を悲劇に導いた気がしてなりません。当時多神教のエジプトでは、おもな神だけでも20以上、それぞれに捧げられる貢ぎ物で、神官達は強力な力を持っていたといわれています。この神官達の力を嫌ったアクナーテンは、多神教から太陽神に統合した神、アテン神の1神教にあらため都まで移したわけです。既得権を侵された神官達が恨まないわけが在りません。
 アクナーテンの死後即位した少年王ツタンカーメンは、神官達の圧力に屈して、都をテーベへ戻し、多神教を復活させます。さらに、ここで名前まで変えているんです。ツタンカーメンの本当の名前は、ツタンカーテン。アテン神から宗教を換えたことを示す様に、ツタンカーメンへと変わったわけです。
 そして18歳での謎の死…。
 アクナーテン王に対する神官達の恨みは強烈だったようで、王の死後、立てられた神殿、宮殿も全て徹底的に壊されています。その壊し方が本当にヒドいんです。
 ツタンカーメンの直接の死因だけを考えるのではなく、父とともに神官達と戦い、そして屈して抹殺抹消された…。そう考える方が自然ではないでしょうか?
 しかし、ピラミッドや王家の谷に在った全ての王の墓が暴かれて盗まれてしまった中で、歴史から抹消されたハズのツタンカーメンの墓だけが難を逃れ、今の時代の私たちが見ることができる事に、ツタンカーメン親子の「ざまぁ見やがれ!神官どもめ!生き残ったのは俺たちの方だ!」との笑い声が聞こえる様な気がしました。

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$Dr.TAXIトンデモ研究所-ドバイ

 ドバイ、アブダビの取材も無事終了!途中無理しすぎたのか熱が出てヘロヘロでしたが、どうにかスケジュールをこなす事ができました。
 苦労したかいがあり、今回も実に多くの証言や資料を手に入れる事ができました。やはり、古代より、その時代時代で一番栄えている場所にUFOは現れていたようです。今回もUFOの目撃多発地点でスターライトスコープを使ったビデオ撮影を行いましたが、やはりいくつか不思議な飛行物体を捉える事ができました。飛行速度を解析するとマッハ5以上!地球上の飛行機で、現在その速さで飛べるものはありません…。
 驚いたのは、ここでもマヤ文明やエジプト文明に通じる予言や伝説が残されていた事。その確証の為にエジプトに行ってきます。ギザから始まって、最低でも1週間はかかるでしょうが、僕の考える糸がつながると、かなり衝撃的な発見が在るかも…!
 少しヒントを言いますと、UFOの目撃多発スポットであるドバイのスカイタワー(ブルジュ・ハリファー)にも行ってみました。アットザトップの展望台から眺めると、ナスカの地上絵以上に、宇宙人から見ると、この世界最高のビルはランドマークになる気がしました。ここで行った検証実験も、また機会があればお知らせします。
 さて、間もなくエジプトに発ちます。新しい発見が在ればお知らせしますね。

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