以前、カナダのバンクーバーにホームステイしていたことがあります。
毎週日曜には教会に行き(ついて行かされ)、低い英語力のために
残念ながらほとんど理解できないお話を聞き、皆で手を繋いで、
賛美歌を歌い(うなって??)ました。
参加人数は毎回10数人。
英語がたいしてできない私も受け入れて話し掛けてくれる、
優しい人達の中で、落ち着いた時間を過ごしました。
正直居心地はあまり良くなかったですが、不思議と安らげる感覚が
あったのを覚えています。
今思えば、あれは週末(週はじめですね)に、落ち着いた気持ちで
自分を見つめなおす、とても価値ある時間だったのではないか。
そしていま、それができているのか?
いつもバタバタしていては、今の自分の考えをきちんと整理できない。
振り返って反省するのも遅れてしまい、失敗を放置してしまいかねない。
そうした振り返りの「間」を持つために、「ルーティン」(お約束)的な
習慣を持つのも良いなあ、いや、必要だな、と感じる今日このごろです。
早朝散歩も、すぐ何か「緊急なこと」を考える時間に
あててしまっていますし。。
となると、夜、寝る前のひとときでしょうかね。
どなたか偉い経営者の方の著書にもあったように思います。
なんとなく、ではなく、きちんと胸に手を当てて。
毎週日曜には教会に行き(ついて行かされ)、低い英語力のために
残念ながらほとんど理解できないお話を聞き、皆で手を繋いで、
賛美歌を歌い(うなって??)ました。
参加人数は毎回10数人。
英語がたいしてできない私も受け入れて話し掛けてくれる、
優しい人達の中で、落ち着いた時間を過ごしました。
正直居心地はあまり良くなかったですが、不思議と安らげる感覚が
あったのを覚えています。
今思えば、あれは週末(週はじめですね)に、落ち着いた気持ちで
自分を見つめなおす、とても価値ある時間だったのではないか。
そしていま、それができているのか?
いつもバタバタしていては、今の自分の考えをきちんと整理できない。
振り返って反省するのも遅れてしまい、失敗を放置してしまいかねない。
そうした振り返りの「間」を持つために、「ルーティン」(お約束)的な
習慣を持つのも良いなあ、いや、必要だな、と感じる今日このごろです。
早朝散歩も、すぐ何か「緊急なこと」を考える時間に
あててしまっていますし。。
となると、夜、寝る前のひとときでしょうかね。
どなたか偉い経営者の方の著書にもあったように思います。
なんとなく、ではなく、きちんと胸に手を当てて。