私たちを悩ます「悪循環」は、実は二つに分けられます。ひとつは不安が現れたとき、私たちは「これは大変だ」とばかり、排除しようとしたり、ごまかそうとしたり、逃げようとしたりと、あれこれ手段を尽くします。しかしそうするほど意識は不安に集中し、不安はますます膨らんでしまいます。これを「観念上の悪循環」と呼んでいます。
もう一つは、不安が気になるために、しなければならないことから逃げてしまいます。すると日常の行動が後退し、すると自分を取り巻く状況がさらに悪化し、不安はさらに強まっていきます。それがさらに日常の行動を後退させるのです。これを「実生活上の悪循環」と呼びます。
このように「悪循環」には二つの側面があります。ですのでそれに対応する「あるがままの態度」も二つの側面が存在することになります。
「観念上」については、不安と闘ったり排除するのではなく、不安を受容し、不安とともに生きる覚悟を決めることです。これを「受動的側面」と言います。ちなみに「実生活上」の方は、「能動的側面」と言います。
「受動的側面」は別の言い方で言うと、「自然服従」になります。今あなたを悩ませている不安は、様々な要因があって生まれるべくして生まれたものです。つまり、自分の心の一部であり、自然の一部でもあるのです。だから認めて行かなくてはならないのです。これは私たちの生き方の本質にかかわる、大切な考え方であり、生き方です。「あるがままの生き方」とされるゆえんです。
自分にとって不都合と思えることを排斥するために技巧や工夫を凝らすのではなく、これを受け入れ、自然の流れにお任せするという態度を表します。
私たちの文明は、ある意味自然の流れに逆らい、絶えず不都合なものを取り除き、排除することに努力し続けてきました。そのためにかえって生きることが苦しくなっていたりするのです。
がん治療で有名なアメリカの病院のソーシャルワーカーである、ジーン・リーベンバーグさんは、とかく不安になりがちな患者の心を、森田療法の「あるがままな態度」を提示することで、不安を緩和させる試みをしてきました。彼女は本屋で偶然見つけた森田の本で、自分の悩みが救われ、またこの治療法でカウンセリングした患者は、一万人近くに上っているそうです。
「アメリカでは小さいころから、常に将来に対する理想像を描き、それに向かって奮闘努力することが求められています。なので自分の将来が長くないと知った患者さんたちは、生きる意味を失ってしまいます。
森田療法の、「あるがままで良い」と言う考え方は、大きな救いとなりえるのです。」と、彼女は語っています。
大腸がんを患うある男性は、「私は進行し続ける病気を抱えていますが、森田を知ってからの数か月間は、過去40年の人生よりも、より充実したものになりました。」と言っていたそうです。
なお現在はアメリカのみならず、カナダ、オーストラリア、ロシア、フィンランドなどの医師やカウンセラーの間で、森田療法を応用する動きが出てきているとのことです。
受け入れがたい状況を、感謝の気持ちで受け止められる哲学、さらに絶望につながるほどの境遇を、神も仏も立てることなく、最も充実した人生へと導く単純明快でわかりやすい思想が、この日本で生まれました。さらにこの思想をより深めて具現化した欧米の人たちにも、深い敬意を払いたいと思うのです。
ちなみにがん患者に森田療法を適応したことによって、6年後の再発率が2分の1、死亡率が3分の1になったという報告も、海外ではあるようです。
心の持ち方ひとつで、がんのような進行性の病気にも、良い影響を与えるのですね。
参考・・・「心配性を治す本」、「スロンケタリング記念がんセンター報告書」