"病識"とは、あまり聴きなれない言葉かもしれません。簡単に言うと、『自分は病気である』と言う感覚です。
当たり前だろう? ・・・ですか?
病気になれば痛いし苦しいし、早く治したくもなる。病気になったことに気づかないなんてありえない。
なるほど。では、こんな例からお話していきましよう。
精神疾患の一部は、病識が欠如していると言われています。認知症もここに入るかもしれません。(もちろん個人差が有るので一括りには出来ません)
つまり、自分が病気である。自分は異常である。と言った意識がないのです。つまり自分は正常だと思っている。異常なのは周囲だと思っている。
でも、本人が病気なのは、周囲から見れば一目瞭然です。本人がいくら病識がないといっても、医者にも診せず放ったらかしていたら、取り返しのつかないことになってしまいます。
なかば強制的にでも医療機関に受診させるべきだと思います。
では、ガンはどうでしょうか。
そんなもの、100パーセント病気に決まってるでしょう! 早期発見早期治療ですよ。即刻病院に行くべきです!
まあまあ、ちょっと待ってください。
一口にガンと言っても、いろいろな種類があります。転移を繰り返す性質のものは、早期発見早期治療の必要があるでしょう。しかしそれ以外のガンは、悪化も転移もしないガンなのです。
近藤誠医師は、後者のガンを『がんもどき』と呼び、老化現象の一つと位置づけています。ある種の認知症も、長生きをした人のほとんどに病変が現れると言いますから、これも老化現象に入れても良いと思うのです。
つまり、ある種のガンや認知症は、白髪になったりしわやしみが増えるのと同様な老化現象の一つと言う捉え方です。
老化現象ならば、これに抗うことは出来ないので、森田で言う、自然服従しかなくなります。
老化現象は、自然な成り行きです。もっというなら、自然現象です。その自然現象に抗うこと、つまり治療とかアンチエイジングとか言う人為的な働きかけをすれば、それだけで不自然な事になり、たちまち不調和をかもし出してしまうでしょう。苦しむのは本人です。
自然現象ならば、病識もありません。病識がなければ安楽です。したがってそこに医療が入り込む余地はありません。
それはお年より限定のことでしょ? 通常の病気だったら、病識がないなんて、ありえないことでしょ?
おやおや、まだ食い下がりますか?
では、こんな例はいかがでしょう。
『マラリア』と言う風土病をご存知ですよね。
高い熱が断続的に続く伝染病です。蚊によって媒介されます。
有る村の、原住民全員がマラリアに罹患しているのに、住民の誰もが、それを病気だとは認識していない。らしいのです。つまり、『病識』がないのです。考えられますか? 本当の事ですよ。
西洋人から見ると、日本人は全員、対人恐怖に罹っているようだと言われたことがあります。それと同じような事でしょうか。
言うまでもなく、『病気』は、『気を病む』と書きます。
つまり、『気』=『心』が、病気と認識しなければ、それは『病気』と言うことにはならないのでしょうか。
反対に、病気でもないものを、気にしすぎるために『病気』に仕立て上げてしまうことにもなるのでしょうか。
今年を象徴する漢字は、『災』に決定したようです。
今年はあちこちで自然災害が発生しましたものね。
被害を受けられた方には、心よりお見舞いを申し上げます。
病気も有る意味『災』です。どんなに注意していても、なるときにはなってしまいます。ならば心の置き所を少し変えることで、前向きに捉えることが可能なら、あるいは『災い転じて、福となす』ことができるかもしれませんね。
参考・・・『患者よ、ガンと戦うな』、『死生観の時代』