初めてのリコーダーにはまった
小学校中学年の頃は
毎日、ピーヒャラの日々だった
高学年スタートのクラブ活動は器楽部で
6年生になると
後輩とのアンサンブルもやった
後輩はとても上手で
素敵な音色を出す子だったし
私は手が小さかったので
私がソプラノ、後輩は先生から借りての
アルトリコーダーだったのが
なんだか特別な感じで羨ましかった
その頃、雑誌の付録の横笛にもはまり
お隣のお家のお姉さんの
金のフルートの美しい音色に
憧れはじめていた
中学校入学直後の部活体験では
吹奏楽部でフルートにチャレンジさせてもらった
お昼ご飯も忘れて
夕方までみっちり体験し
教えてもらった先輩からも
フルートへの推薦をいただいたが
別の先輩がやってきて
自分がフルートをやりたいから
私は別の楽器にしろと言う
先輩どうしで少し揉めるも
結局、私はトロンボーンに決まった
ところが、
手の短い私には
決して出すことのできない音があった
練習は結構やったのだが
練習では腕は伸びない
結局、1、2ヶ月後に
ドクターストップにより
退部を余儀なくされたが
フルートができなかった私には
さほど未練はなかった
パート分けに関しては
高校での合唱部に入部した時にも
いろいろあった
女性三部合唱のうちの
一番低いアルトパートに
振り分けられたのだが
その1、2ヶ月後にやってきたOBにより
私だけがソプラノに移されたのだ
そう、私の地声はとても低いが
歌うとハイソプラノ
ということに気づいてもらえたおかげで
受験前までちゃんと部活を続けることができた
先輩生徒たちによるパート分けには
結構、理不尽なことや勘違いがあって
そのパート分けは将来の進路にも
少なからず影響するんだなと
しみじみ感じている