「そういえばすぐ近所に焼肉屋さんがあったね」

家族で帰省した時、そんなノリで母も一緒にふらっと入った。

新しい味覚を開拓するのに余念がない私は、当時はまだあまり知られていなかった「石焼ビビンバ」を注文してみた。

職人気質な雰囲気のおじさんが、持ってきたついでに熱心に食べ方を教えてくれた。

「早く混ぜないと、こげついちゃうから」

 

子どもの頃から混ぜるのが大好きで、カレーライスを食べさせれば最初から全部綺麗に混ぜてしまうので、「お行儀が悪い」とよくお小言を食らったし、クリームソーダをつい混ぜて溢れさせたことも、一度や二度ではなかった私にとって、堂々と混ぜることができる食べ物だというだけで、もう食べる前からパラダイスだった。

 

そして笑顔で混ぜ続ける私の横で、母は不機嫌な顔でそれを眺めていた。

頭の中では「お行儀が悪いのに」がぐるぐる回っていたことだろう。

 

納得のいくまで混ぜた後も、私の笑顔は崩れることはなかった。

大好きな焼肉を食べにきたのに、ビビンバだけで満足してしまうほどに美味しかったのだ。

その後、ウン十年経過した今も、あのビビンバ以上のビビンバには出会っていない。

 

勿論、焼肉だって常識を超えた美味しさだった。

後で、

「あれは肉そのものが美味しかったね」

「良い肉を使ってたね」

「そりゃそうよ。高かったもの」

というわけで、このお店からは足が遠のいてしまうことに。

 

さて、このお店には、三つ編みをした可愛い店員さんがいて、頼んだお肉を持ってきてくれた。

新たな注文だって、ちゃんと聞いて復唱し、厨房に伝えてくれるのだ。

「あら、えらいわね。いくつ?」と訊ねた母に

「5つ」という返事。

「まあ!唯ちゃん(孫)と同い年ね!

 あなたにこんなことできる?

 すごいわねぇ〜!」

(いや本当にすごいとは思うのだが、うちの娘の目の前で比べるなよ)

 

母はさんざん褒め散らかしただけでなく、帰宅後も、数年先まで思い出しては褒め続けた。

そして、私たちの足が遠のいてしばらくした頃、その焼肉屋さんは店じまいをしてしまった。

店主の方が交通事故で亡くなったという噂だった。

あの高級そうなお肉も、美味しくてたまらないビビンバも、もう食べられないんだなと思う。

そして、あの三つ編みの女の子は、あの後どうなっただろうか。

何十年も経った今、まだ気になっている。