普段の土曜日といえば、たいてい近くの映画館のレイトショーに行くのが僕の習慣。
でも今日はあいにく日中にもち銭を使い果たしてしまった。
あえなくテレビで放映中の『ラジオの時間』を観る。
実はこの映画、公開時に見たことある。もう9年前か。ふるびないなぁ。
ほんとよく出来た作品だ。三谷監督の考える脚本は、瞬間の積み重ねが笑いを生むという、とても高度に練られた構造をもっている。伏線の張り方がとても巧妙だ。いつも感心してしまう。
映画はともかく、僕のいつもの思考パターンに近づけていくと、こんな風になる↓
人間には、「この瞬間のために頑張ってきた」と思える瞬間が来ることがある。そんな時、人間は「この場所に入れてよかった」とか「こんなんやっとってよかった」と思うのだ。それはまさしく、過去の人生のあるときを、今の瞬間のための「伏線」だったと思うというのと同じこと。
人生はよく舞台に例えられるが、それは「演じる」という側面のほかに、この過去の人生を「伏線」として捉え直す視線も類比できるからかもしらん。
三谷さんの作品は、多くの登場人物がそれぞれの味を出しているところがいいと思う。
人には、輝いている瞬間がある。それが長い人と短い人がいるのが悲しいけど。
この映画は、ある意味で登場人物が輝いている瞬間だけを描いている。
人間なんていつも輝いている訳ではない。その意味で、この映画はとても「優しい」。
だから、この映画のカメラの視線は、みんなが仲良くやっていくにはどうしても獲得しなくてはならない視線じゃないかと、僕は思う。
『ラヂオの時間』見事です。
