長谷川等伯『松林図屏風』 ー奥行きではなく、手前を感じさせる平面ー | Nothingness of Sealed Fibs

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今回は下の屏風図についての感想文をアップする。

すいこまれそうな絵である。この絵の醸し出す立体感が珍しいと感じたので、この作品を選んだ。通常の絵は、切り取った平面の向こう側に「奥行き」という仕方で三次元を表現する。しかし、この絵では、松林を漂う霞は、松の間だけでなく、切り取られた平面の手前にもあるように見える。私がはじめにこの絵を観て「すいこまれそう」と感じたのは、絵の手前に浮き上がってくるこの霞に包みこまれたような錯覚に襲われたからに他ならない。これが通常の絵とは異なる遠近感の正体ではないか?また、教科書によると、作者である長谷川等伯はこの作品を「静かなる絵」として描いたようだ。「静か」とは情景だけでなく、その情景を見る者の心にも当てはまる。この作品は実在の風景を写実的に描いているようにもみえるが、私にはむしろ長谷川等伯が、彼自身の心の有り様を投影しているように思われた。もしかすると、この絵を鑑賞する者はみな、松林をみているつもりで、実は自分と向き合わされているのかも知れない。