「病は気から」という諺は、一般的には「気の持ちようによって、病は重くも軽くもなる」という意味である。たしかに、患者さんとお話ししていると、「病は気からですから、病気に負けていられないですね」とおっしゃる方が結構いらっしゃる。
ある程度急性に経過して、回復の見込みのある疾患であれば、そんな風に病気と戦うイメージがプラスに働くことは多いだろう。
しかし、慢性に経過する疾患、特に現在の医療ではなかなかすきっと完治まで持ち込めないタイプの疾患,の場合、「病と戦う」イメージだと、終わりの見えない戦いに直面することで、かえって患者さんの士気がくじけてしまいそうになることがある。
そんなとき、僕はとっさにこんな風に説明してみた。
「病は気からというのは、気持ちが滅入ると治る病も治らないという意にもとれます。ですが、私は、気持ちと身体にズレが生じて、身体が無理といっていても気持ちが無理を承知で突き進むときに調子が崩れやすいという意味ではないかと勝手に思っています。せっかく病気になったのですから、ご自身の身体を気持ちと同じぐらいに大切にされてはいかがでしょうか?」
どうだろうか。物は言いようという感じである。
さらに、こんなことを付け加えることがある。
「身体を大切にするということは、身体によいといわれている食べ物ばかり食べたり、身体によいといわれている生活習慣を取り入れたりすることではありません。それでは、頭で身体をコントロールしようとしていることになってしまいます。身体を大切にするということは、ご自身の体調の変化をしっかりと観察し、身体の言い分に注意をむけることではないでしょうか?」
気持ちも身体も、どちらも自分であるのだから、自分を大切することには、気持ちだけでなく身体を大事にすることも含まれているはずである。
自分を大切にできなければ、本当の意味で他人を大切にすることもできないのではないか。
聖書の隣人愛のくだりが大好きな僕は、そんな風に思っている。