先日、ぼけーっと戦国時代を扱う番組を見ていてあることに気がついた。
例えば、武田信玄の勢力範囲はどんどん拡大していくわけだが、
その際、「○○の合戦後、武田領は信濃国に及んだ」等と説明される。
つまり、その地域を納める領主が変わっても、国名は変わらない。
そうか。旧国名は、あらゆる意味で地名だったのだなと納得した。
地名であるがゆえに、たとえ領主が変わっても国名は変わらない。
そこで思いをはせるのは、近代ヨーロッパである。
たぶん、アルザス・ロレーヌ地方は、フランス、ドイツに挟まれ、
文字通り国名がコロコロと変わったのではないか?
第二次大戦後、沖縄や奄美大島がアメリカから日本に返還された時も、
その地域の人々にとっては、国名が変わったのである。
近代国家の国名は、土地とのリンクが切れている。
その点が画期的だったのではないか。
そう考えてみると、西郷隆盛がなぜ征韓論を唱えたのか
腑に落ちるような気がしてきた。
西郷さんは近代国家というものをあまり分かっていなかったのではないか?
おそらく、朝鮮半島に出兵して占領するということを、戦国時代の感覚で
西郷さんは捉えていたのではなかったか?
戊辰戦争で西郷さんは旧庄内藩に対し、非常に寛容な態度を示したことで
知られる。西郷さん不在のまま、熾烈を極めた会津戦争とは対照的である。
たぶん、西郷さんは、自ら朝鮮に足を運び、かの地の指導者と話をすれば、
庄内藩と同じように、李朝の理解を得られると考えていたのだろう。
しかし、時代の渦の中で、他国に出兵して占領するということは、そのまま
「国名が変わること」に変わってしまっていた。その重大さを、西郷さんは
あんまり理解していなかったのではないか、そんな風に想像してみるのである。
日本は、政権は変わっても、国名は変わったことがない。
第二次大戦の敗戦後も、なんとなく「日本国」は残ったままだし、
明治維新の廃藩置県後も、「旧国名」は地名としてなんとなく残っている。
国名なんて変わるはずがない、地名と同じようなものだと思っている日本人は
案外多いのではないだろうか。
しかし、現代社会では、戦争をするということは、国名が変わることと直結する。
国名が変わってしまうことの重大さを、日本人はどれだけ想起できるだろうか。
あの西郷さんですら、おそらくできていなかったのだ。
自信のある日本人は、そう多くはあるまい。
僕も、今年ニュースになったクリミア半島、スコットランドの問題について、
その深刻さをイマイチ理解できていない気がする。
でも、その深刻さを理解したいなという思いもある一方で、
国名は地名と同じように、滅多やたらと変わるもんではないという感覚も、
なんとも呑気で捨てがたい。
なんだかんだいって、近代国家のことをあんまり分かってなさそうな
西郷さんの感覚のほうが、近代国家という制度が疲労してきている現代には
一つのヒントになるのかもしれない。