声の多数決 | Nothingness of Sealed Fibs

Nothingness of Sealed Fibs

見た映画、読んだ本、その他もろもろについて考えたことを書きとめてあります。

後輩にチケットをもらったので、男声合唱団「なにわコラリアーズ」のコンサートを聴きに行ってきた。

ピアニッシモのときの音の飛び方がすごい。

パート内で音がそろうだけでなく、パート同士の音程の距離が正しくなければ、あんな空間力のある音にはならない。

人の声は、同じ音程の他の声と重なるとき、2つの声の共通する要素だけが増幅され、個人個人のもつ声のクセが薄まる。

2つだけでなく、もっと声が重なると、共通する要素がますます純化され、本当にきれいで純粋な音がなりだす。

これが響きだ。だから響きとは、ある意味で声の多数決なのである。

政治や主義主張がまかりとおる領域と異なり、音楽においては数学的な調和があり得る。

しかし、音楽の調和はあくまでも近似である。それが平均律という音階を当てはめていることの意味だ。

人間にもっとも美しく聞こえる純正律は、数学的な比例の理屈から少しだけずれたところで成立するからだ。

そんな屁理屈はぬきにして、いい演奏だった。

かえりみち、
ずぶぬれのあしが
ちょっとしんどくて
ついつい忍び足ぽくなった。

風邪ひきませんように。