NHK教育でポーランドのアンジェイ・ワイダ監督の特集番組をやっていた。
社会問題、歴史問題を題材にとった作品で知られるワイダ監督の言葉には、第二次大戦後のポーランドが歩んだ苦難の歴史に裏打ちされた深い含蓄があるように思う。
「何かの出来事に別れをつげるために、我々はその出来事を歴史に保存しなくてはならない。そのために私は映画を撮るのです。」
「本当の悲劇は善と善が争うことなのです。」
ポーランドの戦後史を実体験してきたワイダ監督にとっては、現実を事実として受け入れるために、映画が必要だったのだろう。
芸術とは、たいていの場合、ありのままの現実のリアリティを少し削り取ることで、人間が受け入れられるレベルまで現実を緩和させる営みなのかもしれない。
言い換えるなら、自分と現実が明確に分離した瞬間に生成する両者の距離感のようなもの、それをはかる物差しこそが芸術として形作られたものの正体なのかもしれない。
【2015年12月1日追記】
久々に、おなじドキュメンタリー番組を見直してみたら、前回とは違う言葉にハッとさせられた。
「イデオロギーは言葉で表現されます。言葉によらない、映像だけによる表現は検閲が難しいのです。」
「私たち戦争で生き残ったものは、亡くなった人の声に耳をかたむけ、その記憶を伝えなければならないと思ったのです。」
日本は今年、戦後70年を迎えた。戦争体験者が高齢化し、体験をどう継承していくかという課題がよくテレビなどで取り上げられている。
しかし、ワイダ監督の言葉から考えさせられるのは、そういった日本のニュースで言われる戦争体験は、戦争で生き残った人の体験に重みを置きすぎてはいないかということだ。
ワイダ監督が映画で描いたのは、戦争を生き延びた人の記憶ではなく、戦争で命を落とした人の記憶だった。他方、日本で「戦争体験」というと、両者の記憶がまぜこぜになってはいないだろうか。「戦争で亡くなった人の記憶を継承する」ことがあまり日本では言及されていないということの意味はなんだろう。
また、「言葉によらない映像表現」についても考えさせられる。ソヴィエトの厳重な検閲下にあって、ワイダ監督は、検閲側が歓迎しそうな、それでいて観客には監督の真意がつたわるような、相反する二つの意味を帯びた映像表現を模索していく。その結実が、原作小説と登場人物は同じなのに主人公が入れ替わっている『灰とダイヤモンド』であった。
そういえば小栗康平監督が日本記者クラブの会見で、「20世紀、映像という表現方法が登場して、人類の未来は輝かしいと思われていた。21世紀になって人間がより映像表現を深く受け止めているかというと、全くそうは思えません。むしろそれによってどれだけ堕落しただろうかという思いが強くあります」というような話をされていたが、関連するのだろうか。
映画が、記憶の再生ということと深いつながりをもつのであれば、アンジェイ・ワイダ監督の映像表現と、小林秀雄が「歴史を思い起こす」と表現した文字との格闘とは、近い距離にあるのかもしれない。
そして、アンジェイ・ワイダ監督と小林秀雄が捉えていた真実は、おそらくどんな仕方でもイデオロギー化できないような何かなのである。
ワイダ監督の映像、小林秀雄の批評は、空間的・時間的に隔絶する他者(あるいは死者)との真のコミュニケーション(あるいは「つながり方」と言ってもよいかもしれない)を模索する営みだったのではないか。
東日本大震災以降、「絆」という言葉がたくさんの人を支えてきた。おそらく、ワイダ監督的な見方からすれば、死者と生者を結ぶつながりの確かさを感じ取れるような「絆」こそが、生きる者同士の絆を支えているということになるのだろう。
きっとそうなのだと今の僕には思われる。