Nothingness of Sealed Fibs

Nothingness of Sealed Fibs

見た映画、読んだ本、その他もろもろについて考えたことを書きとめてあります。

つづき。

 

・神田千里『戦国と宗教』岩波新書、2016年

ルイス・フロイスが京都の寺院で聴いた一向宗の説教師の立居振舞を称賛している(同書104頁)、イエズス会の宣教師たちが、日本にかつてのキリスト教の痕跡が見いだせるという先入観を持っていた(107頁)、大友宗麟はイエズス会の修院に行くたびに侮辱を受けたと述べている(147頁)、キリシタン大名の蒲生氏郷が伊勢半国の大名となったときにルイス・フロイスが「主が彼に天照大神を破壊する力と恩寵を与えるであろう」と書いている(同書182頁)などが面白く思った。敵対する寺社のみを破壊した織田信長と、敵対していないのに寺社を破壊しようとしたイエズス会の論理の対比(同書138ー139頁)も興味深かった。

 

・内村祐之『精神医学者の滴想』中公文庫、昭和59年

アイヌ女性のヒステリーをあつかった「イムの話ーアイヌの奇病」の章が抜群に面白かった。イムでは、マムシやカエルなどアイヌで嫌われている言葉を言われて驚いた患者が突然一変して強い躁暴状態になる。数分間で発作は収まり、患者は普通人に戻る。発作中は朦朧状態や反響症状を伴うことがあるらしい。ほかにエコノモ脳炎で名前が残っている「エコノモーの人と業績」も貴重な情報満載であった。

 

・山形孝夫『砂漠の修道院』平凡社ライブラリー、1998年

第5章「あるコプト教徒の憂鬱」で紹介された歯科医の話が印象深かった。彼は、朝8時から昼12時まで政府の運営する歯科診療センターで働き、夕方5時から夜9時まで自分の診療所で働く。修道士生活にあこがれながらも、家族の生計を担う身として修道士にはなれず、日曜日に修道院へ歯科医療奉仕へいくことを楽しみとしながら、政局の不安定化によりその奉仕ができなくなってしまったことを彼は憂う。そのような人生を送っている人が同じ地球にいるということが、なんだか僕の心を落ち着かせてくれた。あとがきの「死者たちも共にいる、明るく透明な個人主義の可能性を私は諦めてはいない」という一文も忘れがたい。

 

・デーヴ・グロスマン『戦争における「人殺し」の心理学』ちくま学芸文庫、2004年

物騒なタイトルではあるが、真摯な研究書である。第二次世界大戦時の米国兵は平均15~20%しか敵に相対したときに発砲しなかった(同書43頁)、戦闘では敗走する敵を追跡するときに最も殺人が起こりやすい(同書57頁)、ナポレオンは最も危険な瞬間は勝利の直後であると言っている(同書139頁)、夜間の戦闘が増えて暗視装置越しに見える敵は非人間的な姿をしているため殺人の罪悪感を減らすことができる(同書282頁)、国連平和維持軍の兵士は発砲されるリスクを減らすためにヘルメットではなくベレー帽をかぶっている(同書287頁)、自分が人を殺したことを合理化し正当化することは心理的・精神的健康のために必要(同書375頁)、第二次世界大戦時は帰国兵は船で何日も仲間と一緒に帰国したがベトナム戦争では飛行機で帰国しすぐに社会復帰したことでがPTSD発症に影響したのではないか(同書420頁)など、ハッとさせられる箇所がたくさんあった。この本の末尾で、著者はゲームや映画が殺人の脱感作として機能していると警鐘を鳴らしている。そうしたゲームや映画では、実際に人を殺してしまった人に後から起こる苦悩については何も触れられない。歴史は勝者に都合よく書かれるとよく言われるが、この本を読み終わった僕には、勝者は歴史を書くことで敵を滅ぼした自責感を和らげている(=合理化している)のだと思われた。敗者が歴史を書くとすれば、敗れたにもかかわらず生き延びてしまった罪悪感を和らげるためなのかもしれない。耳を疑うようなプロパガンダも、相手を殺傷しなければならない兵士の苦しみを軽減する意味では心理的な効果をもつ。客観的な事実だけでは人や国家の苦しみは癒されないのかもしれない。だが、癒さねばならない心の傷をそもそも作らないために、何ができるのだろうか。重い読後感であった。

 

・高取正男『仏教土着 その歴史と民族』NHKブックス、昭和48年

江戸時代、島津薩摩藩領内では浄土真宗が禁止されていた。しかし、ひそかに真宗の教えが一部の集落で伝えられ、次第に真宗と地元の習俗が折り重なった「カヤカベ教」となったことをこの本で知った。カヤカベ教では「枕ハズシ」という死者の枕を力いっぱい跳ね飛ばす葬礼や鶏肉を食べない、親鸞の遺体がミイラとして京都の本山に伝えられていて、親鸞の霊魂だけが浄土にいったなど真宗に見られない教えがある。高取さんは、カヤカベ教が生き延びた原動力として、抽象的な教理や個人の信仰心の強さを想定しない。高取さんの「世俗の権力による迫害ということ自身が、つねに信仰や論理の次元からはずれた物理的な暴力としてあらわれたから、それに耐え抜いた力も必然的に現実にこの世で姿あるものに依拠していた」(同書97頁)という指摘は言われてみるとなるほどである。また、仏教と合わせて理解されやすい即身成仏に、高取さんは仏教と関係のないシャーマニズムの名残りを見ており、その視点も新鮮であった。

 

・上垣内憲一『勝海舟と幕末外交 イギリス・ロシアの脅威に抗して』中公新書、2014年

勝海舟が陸奥宗光に辛辣な評価をしていたことをうけて、上垣内さんが「もちろん権謀、マキャベリズムは外交には必要である、しかしそれが主となってはだめなのだ、これが勝海舟の外交思想の基本である」(同書50頁)という箇所にハッとさせられた。英国領事オールコックが対馬占領を本国に提案していたこと(同書155頁)、ロシアのプチャーチンが日本側の筒井政憲と行った交渉により江戸幕府がロシア外交に好感をもっていたことが興味深かった。太平洋戦争末期の日本は、アメリカとの和平交渉をソ連に打診するという無謀とも思える外交策に期待していたが、ロシアへの期待の背景にプチャーチン外交への好ましい記憶はなかったのだろうかと、ついつい考えてしまった。

 

・上垣内憲一『文禄・慶長の役 空虚なる御陣』講談社学術文庫、2002年

日本側の従軍医僧慶念さんが『朝鮮日々記』で日本軍の残虐行為を記録していること、藤堂高虎の群に捕らえられた儒学者姜沆が連行された日本で藤原惺窩と交友を通じたこと、徳川政権が文禄・慶長の役で一兵も渡海させていなかったという理屈で朝鮮側と講和交渉したことをこの本で知った。キリシタン大名小西行長、法華経への帰依が有名な加藤清正は朝鮮出兵で功績をあげている。当時、平和を嘉する思想が儒教の「礼」しかなかったということは、覚えておきたい。

 

おわり。

新年が明けた。この数年痛感していることだが、本と言えば持ち運びやすい新書を読むことが増えた。残念なことに単行本がなかなか進まない。紙質が悪くなってもいいので、単行本をもっと軽く作ってもらいたいなというのが個人的な願いである。本を置くスペースにも限りがあるので、なるべくならかさばらない・軽い本であると助かる。と、つぶやきつつ昨年の読書記録を書いておく。

 

・速水融『歴史人口学で見た日本』文春新書、平成13年

宗門改帳をもとに地域の人口動態を明らかにされてきた速水融さんが、学究生活を振り返りながら歴史人口学を紹介する手頃な本。日露戦争時の陸軍が白米食のために脚気になっていたというのは有名な事実だが、「陸軍に入れば美味しい白米を腹いっぱい食べられるということをダシにして徴兵を行った」(同書156頁)ことをこの本で知った。西洋の産業革命に対して、日本の江戸時代におきた「勤勉革命」によって生活水準があがった(同書98頁)、都市の住民は農村と比べて早死にだ(同書129頁)など、面白い指摘がたくさんあった。

 

・バーナード・リーチ『バーナード リーチ日本絵日記』講談社学術文庫、2002年

1952年にリーチさんが日本に滞在したときの絵日記。陶芸作家のリーチ氏は絵も上手で、人物や風景の特徴を捉えたスケッチが多数収載されていて、それらを見るだけでも楽しい。リーチ氏は視覚的人間なのだとおもう。「第三次世界大戦は必要であり、不可避であるように思われる。必要というのは、西洋人とその文明に十分な謙虚さをもたらすためである」(同書215頁)といったハッとする記述もあった。

 

・安丸良夫『出口なお 女性教祖と救済思想』岩波現代文庫、2013年

大本教の教祖出口なおさんの生涯を歴史学の手法で描いた評伝。真面目で謙虚に頑張っていたなおさんが、いよいよ困窮して行き詰ったときに神がかりが起こり、その後宗教者として活動するようになる過程が描かれている。広まりつつあった種痘を穢れとして避けたり、病気直しから教団が発展した経緯など、興味深い記述にあふれている。

 

・蓮實重彦『見るレッスン 映画史特別講義』光文社新書、2020年

立ち読みしたあとがきに丸山眞男『日本の思想』を悪趣味と断じるさすがの節まわしに引かれて購入した一冊。「思いがけない瞬間に驚きが訪れ、その驚きがこれまで自分の全く知らなかったものであると同時に、どこかで自分の中にあった何かに似ているのではないかという安堵感。それが映画独特の魅力であり」(同書190頁)、「キャメラを向けて撮れば、すべてがフィクションになってしまうということに気づかねばなりません」(同書200頁)という箇所にハッとさせられた。年をとっても発言が丸くならない大御所はすごい。

 

・司馬遼太郎『菜の花の沖』文春文庫、1987年(全6巻)

淡路島出身の船乗り、高田屋嘉兵衛が主人公である。司馬さんは武士を主人公としてとりあげてきた作品が多い。司馬さんは日本人の合理性のルーツを、武士・戦い、あるいは空海などの宗教者に見出そうとする作品を多く発表してきた。しかし、『菜の花の沖』で、司馬さんは自然相手に命がけで航海する船乗りが培う合理性を描こうとしているように思われる。面白いのは、嘉兵衛さんが「海の合理性」をもとに箱館ー択捉島航路を拓くのに成功した4巻が終わると、5巻から突如文章がガラッと変わり、高田屋さんやロシア史、日露関係についての司馬さんの研究書のようになり、そのままラストまでいってしまうことである。途中から「歴史小説」ではないような気もする、その意味でも面白い「歴史小説」だと思った。司馬さんは、嘉兵衛の「海の合理性」が日露交渉を平和的解決に導いたと描いている。だが、同じ船乗りでも、倭寇と嘉兵衛ではなぜ振る舞いが異なるのか、なぜ嘉兵衛の「海の合理性」がケンカしないことを選べたのか、その謎はこの作品では明らかにされない。僕の勝手な予想では、倭寇と嘉兵衛の間にある時間的なギャップ、すなわち江戸時代がキーポイントになりそうだが、果たして。

 

・片山杜秀『左京・遼太郎・安二郎 見果てぬ日本』新潮文庫、令和5年

本屋さんで冒頭の大阪万博(太陽の塔が建てられたほうの万博)の話に引き込まれ購入した一冊。核分裂による原子力発電は、核融合による原子力発電が実用化されるまでの「一時的なつなぎの技術」と目されていた(同書32-33頁)という指摘にまず驚いた。小松左京が川喜田二郎経由でゾロアスター教に関心を持っていた(同書100頁)、水戸学発祥の地近くの東海村に日本最初の原子力発電所ができた(同書138頁)という箇所も面白い。司馬さんが福永光司の「源氏の名の由来は、北魏の太武帝が臣籍降下させた皇族に源の姓を与えたことに、嵯峨天皇が倣った」説に興味をもっていたこと(同書208頁)、同じく福永説では「天皇という呼称は道教思想にみえる北極星の神格化」とされる(同書233頁)などが印象深い。小津安二郎論では、戦場経験からもどったあとの小津さんを「節約」で読みとく視点が面白い。「いざというときのために力を温存しながら、最低限の仕草とたたずまいで生きている。(中略)平時の虚飾や余計なポーズや無駄な力の使い方をはぎとったところにでてくるのが、兵隊的人間なのである」(同書369ー370頁)、「戦いは『最後の五分』と称せられるが、実戦でつくづくそう思った」という小津の言葉(同書374頁)から、映画を煩雑にしない節約の行きつくところとしてローアングルを説明する片山さんの視点が新鮮だった。なんとなく小津さんの映画は、おんなじような音楽とおんなじ俳優さんが多いなと僕もおもっていたのだが、「天気のように音楽は場面に対して超然としていればいいと思う。場面のいちいちに関係なく、ただ別次元で鳴っているようなものでよいと思う」という小津さん自身の言葉(同書412頁)や、登場人物の役名が堀川周平や平山周吉、平山周平などやたら似通っている(420頁)という指摘にハッとさせられた。小津論のラストは片山さんの名文で締めくくられている。その一文をいうために約80頁にわたる小津論が展開されるのだが、小津作品が常に現代性を持っているのはなぜかを解明する説得力のある議論だと思う。未来・過去・現在をそれぞれ3人の作り手に代表させる試みはとても面白かった。

 

・月本昭男『古典としての旧約聖書』ちくま学芸文庫、2025年

classicがラテン語の「classis:艦隊」を表す言葉から派生している(同書16頁)、落穂を拾う権利が「寄留者」「孤児」「寡婦」など社会的弱者に認められていた(同書120頁)、創世記32章でヤコブの別名イスラエルが「神と戦う」という意味に由来すると説明されている(同書196頁)、キケロの「真の友人とは、第二の自己のようなものであるのだから」とコヘレト書4章で「友」と訳されるヘブライ語「シェニー」は「第二の者」という意味である(同書260頁)という指摘が勉強になった。

 

・NHKメルトダウン取材班『福島第一原発事故の「真実」』(講談社文庫、2024年、「ドキュメント編」、「検証篇」の2冊からなる)

日本には成功者列伝が多く、失敗者列伝が少ないという片山杜秀さんの指摘(

前掲『左京・遼太郎・安二郎 見果てぬ日本』)の数少ない例外。福島第二原発でもかなりの危機がおこっていたこと、福島第一原発の吉田所長が「正法眼蔵」を愛読していたことなど、詳細に知ることができる。読後感は重たくならざるをえないが、読んでよかった。一番気になったのは、福島第一原発事故のとき、あれだけたくさんの人が机にすわって忙しくやっていたのに、吉田所長の思考・動きだけで事故の経緯が記述できてしまうということである。それはつまり、吉田所長に多量の情報が集まり、吉田所長が判断を求められることが多すぎた可能性を示唆している。どんな有能な人にもパフォーマンスの限界はある。組織論の観点から、事故を分析しなおす試みがあるとよいなと感じた。

 

・野中郁次郎他『失敗の本質 日本軍の組織的研究』(中公文庫、1991年)

一番印象に残ったのは、アメリカ海軍の将校人事のシステムである。「有能な者の能力をフルに発揮させるという目的と、いつまでも同じポストに置いてその知的エネルギーを枯渇させてしまってはならない」というアイデアから、提督を一定期間で交替させ、提督がかわると艦隊名の呼称も変更した(同書316頁)、「米海軍では一般に少将までしか昇進させず、作戦展開の必要に応じて中将、大将に任命し、その任務を終了するとまたもとに戻すことによってきわめて柔軟な人事配置が可能だった」(同書317頁)、少将への進級者を候補となる大佐を11人の将官からなる昇進委員会の投票およびその後の合議で決めるという人事制度(同書337頁)が印象に残った。個人の能力をどう生かすかという視点をもったアメリカと、個人の才能に頼る日本の違いを痛感した。

 

・小出裕章『原発はいらない』幻冬舎ルネッサンス新書、2011年

原子力発電に関わるいろんな情報をコンパクトにまとめてある。結局、ゼロにならない原発のリスクを減らすための工夫をよしとするか、リスクが現実化したときの破局度合いの高さから原発をやめることをよしとするのか、合理性からだけでは結論がでないと僕は感じた。日本人にはある程度の非合理性も好む面があり、理屈だけで説得されるのを嫌がる傾向があると僕は思う。だから小出さんは理屈だけで説得しようとはしない。小出さんはこの本の最後でガンジーの墓碑に記された七つの大罪について紹介している。理念無き政治、労働無き富、良心無き快楽、人格無き知識、道徳無き商業、人間性無き科学、献身無き崇拝の七つなのだが、ガンジーの洞察は合理性を超えて味読するに値すると僕も思う。

 

・山本七平『一下級将校の見た帝国陸軍』文春文庫、1987年

「歴戦の臆病者はいるが、歴戦の勇士はいない」(同書209頁)、戦場では時計を普通にもっているとすぐに壊れてしまう(同書253頁)などの箇所が印象に残ったが、敵部隊に遭遇した時に部下に指示したのと違う方角に音を立てながら一人で進むことで部下を救おうとしたH中尉の話(同書260頁)が最も心に残った。「さりげなく行く者だけが、本当に行く」(同書259頁)という一文が僕の頭の片隅にこびりついた。

 

以下はとりあえず書名のみあげておく。感想はまた随時追記できるときにしていきたい。

・清水將之『災害の心理』(創元社、2006年)

・上垣内憲一『暗殺・伊藤博文』ちくま新書、2000年

・上垣内憲一『日本文化交流小史』中公新書、2000年

・猪木正道『日本の運命を変えた七つの決断』文春学芸ライブラリー、2015年

・野村實『海戦史に学ぶ』文春文庫、1994年

・倉本一宏『蘇我氏ー古代豪族の興亡』中公新書、2015年

・倉本一宏『藤原氏ー権力中枢の一族』中公新書、2017年

・伊藤正敏『寺社勢力の中世ー無縁・有縁・移民』ちくま新書、2008年

・伊藤正敏『無縁所の中世』ちくま新書、2010年

・今谷明『中世奇人列伝』草思社文庫、2019年

・皆川達夫『中世・ルネサンスの音楽』講談社学術文庫、2009年

・皆川達夫『バロック音楽』講談社学術文庫、2006年

・岡田暁生『西洋音楽史 「クラシック」の黄昏』中公新書、2005年

・沼野雄司『現代音楽史 闘争しつづける芸術のゆくえ』中公新書、2021年

・入江昭『日本の外交 明治維新から現代まで』中公新書、昭和41年 

・入江昭『新・日本の外交 地球化時代の日本の選択』中公新書、1991年

・大澤真幸『社会学史』講談社現代新書、2019年

・東畑開人『カウンセリングとは何か 変化するということ』講談社現代新書、2025年

・唐木順三『朴の木 人生を考える』講談社学術文庫、1977年

・甲野善紀『古武術からの発想』PHP文庫、2003年

・養老孟司・甲野善紀『自分の頭と身体で考える』PHP文庫、2002年

・宮田光雄『キリスト教と笑い』岩波新書、1992年

・小川鼎三『医学の歴史』中公新書、1964年

・カレル・チャペック『白い病』岩波文庫、2020年

・内山興正『坐禅の意味と実際 生命の実物を生きる』大法輪閣、平成15年

・L・ヴィトゲンシュタイン『秘密の日記』春秋社、2016年

・藤井一照・永井均・山下良道『〈仏教3.0〉を哲学する』春秋社、2016年

・藤井一照・永井均・山下良道『〈仏教3.0〉を哲学する バージョンⅡ』春秋社、2020年

・伊藤漸『胃は悩んでいる』岩波新書、1997年

・貝谷久宣『脳内不安物質 不安・恐怖症を起こす脳内物質をさぐる』講談社ブルーバックス、1997年・甘利俊一『脳・心・人工知能』講談社ブルーバックス、2025年

・井上章一『狂気と王権』講談社学術文庫、2008年

秋に差し掛かり、滝沢克己先生の『現代の医療と宗教』(創言社、1991年)を読んでいたら、驚くべき箇所にであった。もともとこの本は、滝沢先生が、当時の新興宗教である「清明教」の教義や浄霊の業(てかざし)について真剣に論じている問題の書である。しかし、今回読み通すなかで、同書227頁の註で、“「覚触」ー禅の眼覚めについて、内山興正老師が創出された用語”と記載があり、僕は瞠目した。

 

滝沢克己先生は西田幾多郎、カール・バルトに学び、「インマヌエルの原事実」という、いわば仏教とキリスト教を通底しうる論理的枠組(そういう表現が適切かはさておき)を提示したことで知られる。滝沢先生の禅への言及は、久松真一氏の論文「無神論」への批判的応答を中心とした『佛教とキリスト教』(法蔵館、1964年)が有名である。僕が読んだ限り、滝沢先生が内山興正老師の「覚触(かくそく)」へ言及しているのは、『現代の医療と宗教』においてだけである。

 

内山興正氏は、もともとはカトリック神学を学び、宮崎公教神学校教師となったが、29歳で沢木興道老師について得度し、安泰寺を守ってきた禅僧として知られている。昨今仏教界で活発な発言をされているネルケ無方さん、藤田一照さん、山下良道さんはみな安泰寺の内山興正老師のもとで修行された面々である。

 

少し前の夏に、内山老師の遺作である『拈自己抄』(大法輪閣、2019年)を読了した。この本は、内山老師の弟子筋の方々は言及することの少ない書物である。おそらく、内山老師が堂々とキリスト教について肯定的な評価をしているからであろう。「若いころ学んだキリスト教も捨てることはしませんでした。引き続き『聖書』を読みつつ座禅し、座禅しつつ『聖書』をあたためてきています」(同書26頁)、「私がこのように仏教に対してもキリスト教に対しても、自らを一信徒として身を置く所以は、仏教もキリスト教も同じく自己の深さを教えてくれる宗教だからです」(同書137頁)などの文章は、「自己ぎりの自己」から仏教もキリスト教も見直すという内山老師の立ち位置が分かりやすく示されている。

 

滝沢克己先生の「インマヌエルの原事実」と内山興正老師の「覚触」がどのように重なり、どのようにズレるのか。そのあたりを考えることで、仏教・キリスト教という形式で見えにくくなっている真実が、顕れてくるのではないだろうか。鍵は、キリスト教と仏教を一種の自己論として読むところにありそうだ。先は長くなりそうだが、これからも両先達の文章に学びながら、自分なりに進めていこうと思う。

飢餓状態で急に栄養をとると、電解質異常・循環動態の破綻などを伴うリフィーディング症候群という致死的な病態が起きる。現代でもアルコール依存症や摂食障害で慢性的な低栄養状態にある人が急に栄養をとる時に起こりうるため、注意が必要とされている。

 

豊臣秀吉による鳥取城の兵糧攻めでリフィーディング症候群が起きたのではないかという論文が2023年に発表された。開城後に救援として支給された食料を急にたべたことで多数の死者が出たと『信長公記』に記されている。

 

先日、今谷明『中世奇人列伝』(草思社文庫、2019年)を読んでいたら、足利義政の治世に飢饉が起こり、願阿弥という聖が、京都六角堂のそばに飢えた人々の収容所を作り、粥・味噌汁を施したという話がとりあげられていた。だが、『経覚私要鈔』によると、粥・味噌汁を食べて死ぬ人が毎日300~500人にのぼり、願阿弥の弟子2人が病死、願阿弥自身も病となり、20日でこの慈善事業は中止となったという。

 

願阿弥の施行を慈悲深い行為としてたたえる意見がある一方で、せっかくの施食も多くの死者を出すこととなり、飢民は前世の因縁によって死んでいくにすぎないのに、施食することは返って神仏の意志に背くことになるのではないかという意見もあったようである。

 

おそらくだが、願阿弥の施行によって飢民はリフィーディング症候群を起こしたのではないだろうか。良かれとおもってしたことが、かえって悲劇的な結末を招くことはしばしばある。当時の願阿弥の苦悩はいかほどだったろうか。願阿弥は悲劇にめげることなく、応仁の乱で荒廃した清水寺の再興のために勧進を担当し、晩年は清水寺の成就院に住んでいたという。

 

ちなみに豊臣秀吉は、鳥取城の戦いのあとも何度か兵糧攻めを行っているのだが、相手が降伏し、救援の食料をふるまうときは、急いで食べないように注意していたらしい。

 

人間は少しずつ学んでいくようだ。

年次をとると職場関係の研修にいくことが増える。この夏は東京と福岡でそれぞれ2泊3日の研修があった。僕は普段いかない場所にいくとき、時間が許せばその地域の本屋さん、とくに古本屋さんを訪ねるようにしている。出張と古本は僕のなかでは、ケーキとコーヒーとならぶ相性である。

 

東京出張では、台風近づく中、東海道新幹線の運行が不安定となり、はじめて北陸新幹線での上京となった。東京のホテルは混んでいて、値段もびっくりするほど高く、今回やむなくカプセルホテル2泊を経験した。お風呂やサウナが付いてるのは助かるが、さすがに年を取るとゆっくり休めない。研修前に栄養ドリンクを飲んでなんとか乗り切るありさまであったが、体力の衰えと向き合わざるを得ない出張になった。いつも出張でしかお邪魔しない東京だが、今回面白く思ったことは、色々なお店の店員さんに色々な肌の色の人がいたこと、カプセルホテルの目の前に24時間営業の居酒屋さんがあって終電後も盛り上がっていたことだった。喧騒が苦手な僕は、1日目の研修終わった夕方に谷中墓地まで足をむけた。日暮里駅を降りて薄暗い坂道をあるいていると、急に京極夏彦さんの世界が広がる。東京出張で一番充電になった瞬間だった。力尽きて本屋さんはいけなかったのだが、研修会場の近くで「切腹最中」という和菓子を見つけたのがよい思い出になった。

 

福岡出張は、職場の同僚のかたと4人組で。1日目は博多ラーメンともつ鍋、2日目は博多ラーメン(別のお店)と鳥皮、と食べ過ぎない程度に地元グルメを堪能した。1日目夜は、食事会解散の後、長年行きたいと思っていた名島の「滝沢克己記念館」を訪れた。開館時間が過ぎていることも知っていたが、外観だけでもと思い、西鉄名島駅を降りた。坂の上の住宅地にひっそりと建っている滝沢先生旧宅跡の石碑を拝見して、満たされた気持ちでホテルに戻った。2日目は博多駅前のブックオフを訪問。ドラえもんを大人買いする外国人に驚きながら、本棚とにらめっこし、猪木正道『日本の運命を変えた七つの決断』(文春学芸ライブラリー)、加藤九祚『ユーラシア文明の旅』(中公文庫)、宮崎市定『論語の新しい読み方』(岩波現代文庫)を購入した。

 

数か月遡るが、後輩の出演するコンサートを聴きに福井県までお邪魔した時、帰り道に敦賀駅前の「ちえなみき」に寄ることができた。「ちえなみき」は先日亡くなられた松岡正剛さんがプロデュースした書店である。ちょうど福井を訪れるすこし前に、中井久夫先生のお弟子さんたちの論文集『治療のテルモピュライ ー中井久夫の仕事を考え直すー』(星和書店)のタイトルが、ペルシャ戦争のなかの有名な戦闘であることを知ったばかりであった。「治療場面でのここぞというとき」を示すのにデルモピュライをもってくる中井先生の感覚にすこしでも近づきたいと思い、「ちえなみき」を訪れた記念にヘロドトス『歴史 上中下』(岩波文庫)を購入した。

 

どこで本を読むか以外に、どこで本を買うかも、僕の人生においては大切なことのような気がする。不思議なことに、そのとき関心を持っている分野の本に偶然訪れた(古)本屋さんで出会うという経験を僕は何度かしている。だから、(古)本屋さん巡りはやめられない。