つづき。
・神田千里『戦国と宗教』岩波新書、2016年
ルイス・フロイスが京都の寺院で聴いた一向宗の説教師の立居振舞を称賛している(同書104頁)、イエズス会の宣教師たちが、日本にかつてのキリスト教の痕跡が見いだせるという先入観を持っていた(107頁)、大友宗麟はイエズス会の修院に行くたびに侮辱を受けたと述べている(147頁)、キリシタン大名の蒲生氏郷が伊勢半国の大名となったときにルイス・フロイスが「主が彼に天照大神を破壊する力と恩寵を与えるであろう」と書いている(同書182頁)などが面白く思った。敵対する寺社のみを破壊した織田信長と、敵対していないのに寺社を破壊しようとしたイエズス会の論理の対比(同書138ー139頁)も興味深かった。
・内村祐之『精神医学者の滴想』中公文庫、昭和59年
アイヌ女性のヒステリーをあつかった「イムの話ーアイヌの奇病」の章が抜群に面白かった。イムでは、マムシやカエルなどアイヌで嫌われている言葉を言われて驚いた患者が突然一変して強い躁暴状態になる。数分間で発作は収まり、患者は普通人に戻る。発作中は朦朧状態や反響症状を伴うことがあるらしい。ほかにエコノモ脳炎で名前が残っている「エコノモーの人と業績」も貴重な情報満載であった。
・山形孝夫『砂漠の修道院』平凡社ライブラリー、1998年
第5章「あるコプト教徒の憂鬱」で紹介された歯科医の話が印象深かった。彼は、朝8時から昼12時まで政府の運営する歯科診療センターで働き、夕方5時から夜9時まで自分の診療所で働く。修道士生活にあこがれながらも、家族の生計を担う身として修道士にはなれず、日曜日に修道院へ歯科医療奉仕へいくことを楽しみとしながら、政局の不安定化によりその奉仕ができなくなってしまったことを彼は憂う。そのような人生を送っている人が同じ地球にいるということが、なんだか僕の心を落ち着かせてくれた。あとがきの「死者たちも共にいる、明るく透明な個人主義の可能性を私は諦めてはいない」という一文も忘れがたい。
・デーヴ・グロスマン『戦争における「人殺し」の心理学』ちくま学芸文庫、2004年
物騒なタイトルではあるが、真摯な研究書である。第二次世界大戦時の米国兵は平均15~20%しか敵に相対したときに発砲しなかった(同書43頁)、戦闘では敗走する敵を追跡するときに最も殺人が起こりやすい(同書57頁)、ナポレオンは最も危険な瞬間は勝利の直後であると言っている(同書139頁)、夜間の戦闘が増えて暗視装置越しに見える敵は非人間的な姿をしているため殺人の罪悪感を減らすことができる(同書282頁)、国連平和維持軍の兵士は発砲されるリスクを減らすためにヘルメットではなくベレー帽をかぶっている(同書287頁)、自分が人を殺したことを合理化し正当化することは心理的・精神的健康のために必要(同書375頁)、第二次世界大戦時は帰国兵は船で何日も仲間と一緒に帰国したがベトナム戦争では飛行機で帰国しすぐに社会復帰したことでがPTSD発症に影響したのではないか(同書420頁)など、ハッとさせられる箇所がたくさんあった。この本の末尾で、著者はゲームや映画が殺人の脱感作として機能していると警鐘を鳴らしている。そうしたゲームや映画では、実際に人を殺してしまった人に後から起こる苦悩については何も触れられない。歴史は勝者に都合よく書かれるとよく言われるが、この本を読み終わった僕には、勝者は歴史を書くことで敵を滅ぼした自責感を和らげている(=合理化している)のだと思われた。敗者が歴史を書くとすれば、敗れたにもかかわらず生き延びてしまった罪悪感を和らげるためなのかもしれない。耳を疑うようなプロパガンダも、相手を殺傷しなければならない兵士の苦しみを軽減する意味では心理的な効果をもつ。客観的な事実だけでは人や国家の苦しみは癒されないのかもしれない。だが、癒さねばならない心の傷をそもそも作らないために、何ができるのだろうか。重い読後感であった。
・高取正男『仏教土着 その歴史と民族』NHKブックス、昭和48年
江戸時代、島津薩摩藩領内では浄土真宗が禁止されていた。しかし、ひそかに真宗の教えが一部の集落で伝えられ、次第に真宗と地元の習俗が折り重なった「カヤカベ教」となったことをこの本で知った。カヤカベ教では「枕ハズシ」という死者の枕を力いっぱい跳ね飛ばす葬礼や鶏肉を食べない、親鸞の遺体がミイラとして京都の本山に伝えられていて、親鸞の霊魂だけが浄土にいったなど真宗に見られない教えがある。高取さんは、カヤカベ教が生き延びた原動力として、抽象的な教理や個人の信仰心の強さを想定しない。高取さんの「世俗の権力による迫害ということ自身が、つねに信仰や論理の次元からはずれた物理的な暴力としてあらわれたから、それに耐え抜いた力も必然的に現実にこの世で姿あるものに依拠していた」(同書97頁)という指摘は言われてみるとなるほどである。また、仏教と合わせて理解されやすい即身成仏に、高取さんは仏教と関係のないシャーマニズムの名残りを見ており、その視点も新鮮であった。
・上垣内憲一『勝海舟と幕末外交 イギリス・ロシアの脅威に抗して』中公新書、2014年
勝海舟が陸奥宗光に辛辣な評価をしていたことをうけて、上垣内さんが「もちろん権謀、マキャベリズムは外交には必要である、しかしそれが主となってはだめなのだ、これが勝海舟の外交思想の基本である」(同書50頁)という箇所にハッとさせられた。英国領事オールコックが対馬占領を本国に提案していたこと(同書155頁)、ロシアのプチャーチンが日本側の筒井政憲と行った交渉により江戸幕府がロシア外交に好感をもっていたことが興味深かった。太平洋戦争末期の日本は、アメリカとの和平交渉をソ連に打診するという無謀とも思える外交策に期待していたが、ロシアへの期待の背景にプチャーチン外交への好ましい記憶はなかったのだろうかと、ついつい考えてしまった。
・上垣内憲一『文禄・慶長の役 空虚なる御陣』講談社学術文庫、2002年
日本側の従軍医僧慶念さんが『朝鮮日々記』で日本軍の残虐行為を記録していること、藤堂高虎の群に捕らえられた儒学者姜沆が連行された日本で藤原惺窩と交友を通じたこと、徳川政権が文禄・慶長の役で一兵も渡海させていなかったという理屈で朝鮮側と講和交渉したことをこの本で知った。キリシタン大名小西行長、法華経への帰依が有名な加藤清正は朝鮮出兵で功績をあげている。当時、平和を嘉する思想が儒教の「礼」しかなかったということは、覚えておきたい。
おわり。