最近、代打の機会が多いProf.Kです。
ナンバーワンよりオンリーワン、オンリーワンよりナンバーワン、あなたはどちら?
ある私の同僚(大学教授)は、毎年新入生のオリエンテーションで「オンリーワンよりナンバーワン。なんでもいいから、ぜひ自分が一番になれるものを探してください。」と一生懸命に熱弁される。私が彼のあとに話す順番になっているときにはたいてい「ナンバーワンよりオンリーワン。なぜだかわかる?」とやることにしている。その答えは、「オンリーワンは必ずナンバーワンでもあるので、ナンバーワンよりオンリーワンのほうが偉いにきまってるでしょう」である。
そもそも科学研究において最も重要なのはオリジナリティーである。オリジナリティーとは独創性、すなわち「自分にしかできない何か」を指している。学問は競技ではない。与えられた同じ問題を早く解くことを競っているのはアスリートであって、少なくとも学者ではない。あなたがやらなくても、誰か別の人がやるのであれば、あなたの存在価値は何なのか?少なくともオリジナリティーという点では存在価値はないことになる。
同じ研究テーマに群がって、一番を競うこと金銭的にも人的にもリソースの無駄遣いである。もちろん、特許は一番乗りしたものだけが儲けを得られるので、全面的に一番乗りの価値を否定するものではないが、ここには少なくとも学問的な価値がない。
過去の民主党政権での事業仕分けにおいて、蓮舫氏がスーパーコンピュータ開発にかかる経費について「2番じゃダメなんですか」と発言し、日本の科学技術関係者から総スカンを食らった。しかし、その発言も、穿った見方をすれば、「ナンバーワンでしのぎを削るより日本のオンリーワンを育てるために資金を使いましょう」という意図だったのかもしれない。これは今になって思うことだが(たぶんちがうんだろうけど・・・)。
いまや日本の科学はナンバーワンを目指すどころか、ナンバーテンだ。(開高健はナンバーテンを「最低」の意味で使っていたが、実際にナンバーテンどころではなくなっている)。オンリーワンは大切に保護しなといけない。なぜなら、そのワンがなくなることは、ある研究分野を推進してきた種族の絶滅を意味するからである。
ちなみに、先述の同僚教授とはとくに仲が悪いわけではない。念のため。